宣伝部では、デザイナーやイラストレーターとの付き合いが多く、彼らのなかには漫画家志望の人間もいました。アパートへ遊びに行くと、一生懸命に描かれた作品がある。そこで酒を飲みながら漫画について話していると、はたと自分は何をやっているんだろうと思いました。自分はこっち側の人間ではないのか、と。30歳までにデビューできなければ、違う仕事をしようと決めて、25歳で退職。それから運良く27歳で入選して、現在に至ります。
経営者も漫画家も、才能だけでは長続きしない
柳井さんからは対談中、いろいろと質問を受けました。そのなかに「漫画家には、ヒット作に恵まれても、後が続かずにすぐ消えてしまう人と、弘兼さんのようにずっと続いている人がいる。その違いは何ですか」という質問がありました。私の答えはこうです。
「たとえば今、私が銀座でお酒をご一緒するような巨匠たちは、どなたも癖はあるんですが、基本的には人格者で、飲んでいても楽しい。ものすごく実力があっても、人との付き合い方が悪く、編集者から嫌われている作家は、何となく消えていく気がします」
あらゆる仕事はチームワーク。漫画家も、本人の才能だけでは連載は続けられません。周囲の助けが必要です。いい漫画作りといい服作りも同じですね。柳井さんとは意外なところで共通点がありました。
弘兼憲史(ひろかね・けんし)
1947年、山口県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て、74年に『風薫る』で漫画家デビュー。85年『人間交差点』で第30回小学館漫画賞、91年『課長島耕作』で第15回講談社漫画賞、2003年『黄昏流星群』で日本漫画家協会賞大賞を受賞。07年紫綬褒章受章。
(田崎健太=構成)(PRESIDENT Online)