デボネアはこのまま静かに絶滅するはずだったが、転機が訪れる。提携関係にあった韓国のヒュンダイ(現代)がソウル五輪を前に「VIP送迎用の高級車を作って欲しい」と依頼してきた。三菱は渡りに船とばかりにヒュンダイとの共同開発に乗り出す。
86年、デボネアは一新され、「デボネアV」となった。ヒュンダイにはノックダウンで車両を供給した。
2代目のスタイルは初代に比べると保守的で退屈だ。FF大衆車「ギャランΣ」をベースに5ナンバー枠内で大きく見せようとしたためバランスが悪い。価格は高い、知名度も低い…またも販売不振に陥る。