医療技術の進歩で、認知症の早期診断が可能になっている。だが、告知を受けた本人や家族の不安への対応は貧しい。決定的な治療法はなく、進行する。理解力も判断力もある初期の不安と恐怖は並大抵でない。その負担を、どう軽減するかが問われている。(佐藤好美)
夫の机の引き出しから出てきたのは、びっしりと文字の並んだ手帳だった。野菜の名前、果物の名前、身の回り品-。こぼれ落ちる記憶をつなぎ止めるかのように丁寧な文字が並んでいる。2冊の手帳は、商社マンだった小林健太郎さん(70)=仮名=が若年性の前頭側頭型認知症と診断された後に書きつづった。
ページをめくるにつれ、内容が必死になっていく。同僚の名前、自身の履歴、家族の名前。忘れまいとする気持ちとは裏腹に、文字は次第に怪しくなる。最後はカタカナで「スリッパ」「ムシメガネ」「ハミガキのコ」。後のページは真っ白だ。
健太郎さんに兆候が出たのは50代の末。睡眠障害、怒り。妻の佐代子さん(65)=仮名=の浮気を疑い、暴言を吐く。佐代子さんは「仕事のストレスかと思いました。仕事一筋の人でしたから」。だが、新聞勧誘員を追い掛け、近所に怒鳴り込むなど行動はエスカレートした。