「お父さんのような仕事がしたい」。育児工学者の小谷博子さん(42)は、大学で研究に熱中し、自宅にいるときは日曜大工に精を出す父、元東京電機大学長の小谷誠さん(76)の背中を見て育った。
3人姉妹の末っ子で、生後半年のとき、腸閉塞(へいそく)になり、4度の手術を乗り越えた。生死の境をさまよう娘に両親は「生きているだけでいい」とのびのびと育てた。
「双子の姉とは6歳離れ、あまり遊んだ記憶がない。休みの日には父と車でホームセンターに行き、実験道具の材料を買ったり、犬小屋を組み立てたり…。父は自分で設計して作るのが好き。研究も大変なことがあったと思うけど、いつも楽しそうだった」
誠さんは高知県の農家の次男で、本人いわく、「中学の頃は劣等生」。戦争が終わり、「これからは学問」という親の意向で高校に進学。小学校時代の恩師を訪ねて勉強を教わったり、優秀な友人に刺激を受けたりしながら勉学に励んだ。