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【野口裕之の軍事情勢】安保関連法成立は、中国の尖閣占領によるオメザの後? (3/5ページ)

2015.7.13 06:00

自民党の勉強会で挨拶する百田尚樹氏(右)。この時の発言は、安全保障に関する日本の戦後法制史の情けなさを端的に物語った=2015年6月25日、東京都千代田区永田町の自民党本部(斎藤良雄撮影)

自民党の勉強会で挨拶する百田尚樹氏(右)。この時の発言は、安全保障に関する日本の戦後法制史の情けなさを端的に物語った=2015年6月25日、東京都千代田区永田町の自民党本部(斎藤良雄撮影)【拡大】

 湾岸で冷戦後初土俵

 冷戦後、東正面の価値が暴落し、稽古をさぼっていたのに、いきなり土俵に引き込まれた。1990年の湾岸戦争では、冷戦中のノリで小切手外交で済まそうと試みるも、130億ドルも献上した揚げ句批判まで受ける。「残業」を探したら、イラク軍が敷設した機雷の駆除にありつけた。PKO(国連平和維持活動)という耳慣れぬ横文字を、政治家が知ったのはこの時代。92年に国際協力法が創られカンボジアが初陣となる。

 カンボジアは遠く、湾岸はもっと遠かったが、94年に核開発疑惑を起こし、開戦に言及して凄んだ北朝鮮は隣国だった。日米間で安保共同宣言→防衛協力のための指針(ガイドライン)見直し→周辺事態法などを急遽整え、米軍を具体・限定的に後方支援する段取りが決まる。

 日本が真に目覚めた?事態は北朝鮮の弾道ミサイルの日本列島越え(1998年)と翌年の能登半島沖の工作船侵入で、「世の中にはスパイ・ゲリラ戦はもちろん、核攻撃も辞さぬ凶悪で暴力的な国が存在する」と気付いた、つもりになった。

 米中枢同時多発テロ(2001年)後、多国籍軍がアフガニスタン攻撃を始めるとテロ対策特別措置法を立法。インド洋を移動するテロリストと兵器を監視する各国海軍へ、洋上給油など補給を行った。

国民の側も理解努力を

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