SankeiBiz for mobile

愛しのラテンアメリカ(6)メキシコ 「直感と匂い」で見えた景色

ニュースカテゴリ:EX CONTENTSの国際

愛しのラテンアメリカ(6)メキシコ 「直感と匂い」で見えた景色

更新

タコス屋台が軒を連ねる街角。味や値段、量などが屋台によって違うので、食べ比べをしてひいきの店を作るのも楽しい=メキシコ・首都メキシコ市(緑川真実さん撮影)  国にはそれぞれイメージが伴う。日本ならきっと寿司やマンガ、治安の良さなどで、イタリアならおいしい料理とハイセンスなファッション、キューバならモヒートにサルサにアメ車だろうか。そしてメキシコは…。麻薬カルテルにドラッグ戦争と、どうも物騒なイメージが先行してしまう。

 ネット上の旅行情報も、昼夜を問わない拳銃強盗や窃盗の被害などばかりで、私の心は不安でいっぱいのままメキシコの首都、メキシコ市に到着した。

 すべての貴重品を身につけた移動は、身ぐるみはがされたら精神的にも経済的にもかなり痛手なので、常に緊張を伴う。55リットルのリュックとともに入る薄暗い地下鉄の構内は雰囲気が重たく、人々の表情も険しい。あの人も、この人も、私と私の荷物を狙っているような気がする。リュックを足もとにおいて、周囲に神経をとがらせた。

 でも、せっかく現地に足を踏み入れ、自分の目で見て、自分の耳で聞いているのだから、イメージの中をさまようのは止め、この先入観をいったん置いてみる。つまり、直感と匂いに敏感になり、気づきを大切にする。骨が折れるこの作業を通して知るまっさらな「くに」は、イメージの中の国とは異なることが多々ある、と言い聞かせながら。

 数日後、初日と同じような朝の通勤時間帯に地下鉄に乗った。メキシコの生活に慣れてきて余裕も生まれ、地元の人と目が合うと笑顔で応えることができる。すると、険しかったメキシコ人男性の表情も一気に和らいだ。年配者が乗車すると、どんなに混んでいても必ず若者が席を譲り、大荷物の私にも若い女の子が気を遣ってくれた。初日の地下鉄で、私はよほど鋭い目つきで周囲を警戒し、見えてくる景色も変えていたのかもしれない、と気がついた。

 ≪「3つの多層文化」の現実≫

 メキシコに来て、肌で感じたのは3つの多層文化。1つは、先住民の文化。ずっと昔から息づいていたにもかかわらず、「貧困」の代名詞にもなっている。2つ目は、16世紀にこの地に進出し植民地化したスペインの文化。ラテンアメリカでは、よく街の特徴として「コロニアル(植民地の)」といった表現が使われる。

 そして最後は、お隣に位置し、経済的な関係も深い現代のアメリカ文化。アメリカの物質文化を享受できるのは富裕層が中心のため、アメリカ文化にはおのずと高級なイメージがつきまとう。他にも長距離移動で茫漠(ぼうばく)とした景色の中に突如現れる巨大な広告の看板や、地下鉄の車内でよく目にする自己啓発本の広告。商品があふれ、消費をあおるようなスーパーの店内は、アメリカそのものだ。

 メキシコ移民局の統計によると、メキシコ国内の移民もスペイン人でなく、アメリカ人が一番多く、そのうち退職した人々が約半数を占める。世界遺産の都市、サン・ミゲル・デ・アジェンデは、年金暮らしのアメリカ人が多い街の一つとして有名だ。街では白人の年配者をよく見かけ、西洋風のおしゃれな店舗が目立つ。

 街は外国人の受け入れ体制が整っており、アメリカ人を中心として経済が回っているといっても過言ではないと思う。地元の人によると、高級住宅街には、アメリカ人が多く住んでいるという。「これではまるで市民レベルの植民地のようだね」と皮肉まじりに言うと、「彼らが雇用を創出している面もあるから、地元のメキシコ人にとってはありがたいこともある」と、現実的な答えが返ってきた。(写真・文:フリーカメラマン 緑川真実(まなみ)/SANKEI EXPRESS

 ■みどりかわ・まなみ 1979年、東京都生まれ。フリーカメラマン。高校時代南米ボリビアに留学、ギリシャ国立アテネ大学マスメディア学部卒業。2004年のアテネ夏季五輪では共同通信社アテネ支局に勤務。07年、産経新聞社写真報道局入社。12年に退社後、1年半かけて世界ほぼ一周の旅。その様子を産経フォト(ヤーサスブログ)とFBページ「MANAMI NO PHOTO」でも発信中。好きな写真集は写真家、細江英公氏の鎌鼬(かまいたち)。

ランキング