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愛しのラテンアメリカ キューバ 1カ月8ドルで働く現実
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通りから壁一枚隔てた空間には、外の喧噪とは真逆の静けさが広がっていた=キューバ東部のカマグエイ(緑川真実さん撮影) 「カリブ海の真珠」と呼ばれるキューバ。1959年、フィデル・カストロ氏(前国家評議会議長)や、日本でも肖像写真をプリントしたTシャツがはやったチェ・ゲバラらがキューバ革命の末、政権を樹立した社会主義国家だ。ソ連崩壊後も政治体制を変えずに、カリスマ性のあるカストロ氏(現在は政界から引退)が率いてきた。
私はここキューバで現代を象徴するような、対照的な2人に出会った。彼らの話から始めよう。
1人目は東部の都市で土木作業員として働く20代の青年、ニック。仕事が休みの日には小銭を稼ぐため、葉巻工場で働く友人がくすねた葉巻を観光客に販売する。彼は「給料だけでは生活が厳しいから副業してる」と切り出し、祖国への不満を延々と爆発させた。約8ドル(約800円)の安い月給、不十分な食料配給、ハリケーンで家の屋根が外れても補助もなく、隣人の家に寝泊まりしている現状。自らを「カストロの奴隷」と自虐的に言い放つ。
彼は、結婚を機にカナダに移住して、5年間の車工場勤務でキューバに住む母親に家を2軒購入し、いかしたアメ車も買った友人を羨(うらや)ましがる。「あー、僕も外国人と結婚して、海外に暮らして、お金をたくさん稼ぎたい!」。ニックにとって「社会主義」とは、1カ月8ドルで働く貧困そのものだった。
≪たくましく、しなやかに…道開く意志≫
もう一人は闇の長距離タクシー運転手の30代の男性、アデル。闇というからには、正式な営業許可なく従事している。「もし警察に遭遇したら、俺がうまいことするから口出すなよ」と言うが、「闇」から連想する怪しさはあまり感じない。タクシー代はバスと同じ料金。オフィシャルではないだけで、こちらとしては需要の隙間を縫っている好都合な産業だ。密室の車内で彼は言う。
「経済も貧弱でキューバは貧しい。社会主義は好きではないけど、教育と医療が無料なのは素晴らしい」
不満や諦めの言葉ばかり聞き、耳にタコができていた私にとって、アデルの肯定的な態度は新鮮だった。そこで、ニックが吐露していた心情を意地悪にもぶつけてみた。
「でも海外旅行自由化も対岸の出来事で、一般のキューバ人はパスポートを作る費用も稼げないらしいね」
するとアデルは世間の弱音を一蹴する勢いで「どこでもパスポート作成に費用はかかる、チケットも高い。そんなの当然だ」と言い放った。
そして語気を強めて「国のシステムは関係ない。俺はたくさん働いて、お金を稼いで、旅行にも行って、この目で世界を見る!」。
私の「誘導尋問」にもひっかからず、アデルの口から不平不満は一切聞こえてこない。ルールの間をすり抜け、たくましく、そしてしなやかに生きる姿を見て「意志があれば道は開く」、こんな言葉が浮かんできた。
「奴隷」の青年と、キューバ中を疾走して夢を追う中年男性。同じ島の中で、彼らの目に映る社会主義国家キューバは、全く別の輝きをみせていた。
メキシコから始まりキューバに寄って、ブラジルにたどり着くまでの9カ月間にわたるラテンアメリカ諸国の愉快な日々を、時にはニュースな視点も交えてお届けする。(写真・文:フォトグラファー 緑川真実(まなみ)/SANKEI EXPRESS)