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一読5分 珠玉の短編集 乾ルカ

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一読5分 珠玉の短編集 乾ルカ

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野幌森林公園の中にある北海道百年記念塔=2014年3月3日、北海道札幌市厚別区(乾ルカさん撮影)  【本の話をしよう】

 自分の本棚をしげしげと眺めてみると、あらためて「ああ自分はこういう本を好んで読んできたんだなあ」と思わされます。私の本棚には、まあ当然のことですが、難しい専門書や哲学書はほとんど見当たりません。ジャンルごとに整然と並んでいる、というわけでもなく、唐突に漫画があったりします。しかも続きものの途中の1巻だけとか。最下段で一番場所を取っているのは広辞苑ですが、今、その役目は、電子辞書内蔵のほうにとって代わられています。ううむ、こうして紙の本は居場所を失くしてゆくのか…。

 それでもそれなりに傾向というものはあり、私の場合、小説では短編集が多く並んでいます。長編ならではの壮大なスケール、世界観、重厚な読み応えもたまりませんが、短編が持ち得る爽快で見事な切れ味、それがうまく決まった作品のインパクトは、長編に勝るとも劣らぬものがあります。短いがゆえに、その後を考えさせる余韻を漂わせる作品もあります。そして、もっとぶっちゃけて言えば「短いから、一冊分でいくつも作品が読める」というのも大きな魅力ではないでしょうか。ちょっと貧乏くさいですが。あと、「長いと途中で飽きてしまう」という私の母のような人にも、合っているでしょう。

 豪華な30人の執筆陣

 かつて、母に「なにか読む本ない? 長くないので」と言われて、これだと貸した本が『輝きの一瞬 短くて心に残る30編』(中島らもほか著)です。

 この短編集のなにがすごいかと言えば、まず執筆陣がすごい。帯には『名手30人による』とあるのですが、名手も名手、凄まじいばかりのラインアップです。敬称略で挙げていくと、中島らも、桐野夏生、藤原伊織、篠田節子、高橋克彦、佐々木譲、加納朋子、嵐山光三郎…30人全員書き連ねる勢いで、きりがありません。よくぞここまで4番バッターをそろえたという感じです。この本の刊行年月は1991年1月で、かなり昔のものではあります。それでも、今ここに名を連ねている30人の執筆陣を見ると、やはりすごい作家ばかりだと、素直に思ってしまいます。残念ながら他界してしまった方もいますが、遺した作品は愛され読み継がれている。逆に古い本だからこそ、時代を越える実力のある書き手が集結していると実感できます。

 内容は言うまでもありません。様々な色合いの作品が、様々な切り口で読み手を楽しませてくれます。これも帯の文章ですが『一読五分 30本勝負 閃光放つ人生の断面』とあります。本当に一作品の分量は短いです。確かに5分程度で読み終わるでしょう。でも、そのたった5分で読者は驚き、唸り、脱帽させられる。5分で、です。短編小説のすごさというものを、どうだとばかりに突きつけられる感じがします。

 読後感を共有したい

 それぞれに印象深く、語りたい作品ばかりなのですが、とりわけ私が好きなのは東野圭吾さんの『女も虎も』という作品です。この一風変わったタイトルは、「お題拝借ミステリショートショート競作」という企画において、同じくこの作品集に『生きている山田』(このタイトルもイイ!)が収録されている大田忠司さんが出されたもの。読んだ当時の私は、小説を書いたこともなく、面白く読む一方で、「いきなりこんな題名を提示されて、よくそれを生かした見事な作品が書けるなあ」と、作家の発想力にいたく驚いたものでした。じゃあ、一応、なんとなく作家の末端にかろうじて立っている今現在はどうかというと……驚きは色あせることなく、一読者としてやっぱり感服してしまいます。

 気に入りの作品にめぐり合うと、誰かにそれを語りたくなりませんか? 私にとって『女も虎も』がその一つなわけですが、この、「オチを言いたいんだけれど、自分の言葉でつまらなくするのはもったいない、それよりまっさらな状態で読んで、楽しんでほしい」という、とにかく勧めて読んでもらって読後感を共有したくなる感覚。これは、読書に伴うとても幸せな瞬間だと思います。

 冴え、驚き、余韻…

 ちなみに母は、山崎洋子さんの『ねずみ』が一番ざわざわして良かったとのこと。気持ち悪さとラストの怖さと痛快さが見事で、もちろん私も面白く読みました。ねずみは好き嫌いが多いに分かれる動物で、おそらく母のように「どうしたってねずみは生理的に駄目」という方にとっては、この作品は短くとも超一線級のホラー作品と言えるでしょう。痛快と先に書きましたが、ラストシーンの光景をリアルに想像すると、本当に総毛立ち、叫びだしたくなります。

 収録30作がそれぞれに示してくれる、短編小説が持つ冴え、驚き、余韻。短編ならではの魅力が余すところなく詰まった傑作小説集です。(作家 乾ルカ、写真も/SANKEI EXPRESS

 ■いぬい・るか 1970年、札幌市生まれ。銀行員などを経て、2006年『夏光』で第86回オール讀物新人賞を受賞してデビュー。10年、『あの日にかえりたい』で第143回直木賞候補、『メグル』で第13回大藪春彦賞候補となる。12年、『てふてふ荘へようこそ』がNHKBSプレミアムでドラマ化された。ホラー・ファンタジー界の旗手として注目されている。近刊に『向かい風で飛べ!』。12日に『願いながら、祈りながら』が刊行予定。札幌市在住。

「輝きの一瞬 短くて心に残る30編」(中島らもほか著/講談社文庫、580円)

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