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ゲームから広がる新たな世界 乾ルカ
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ファミリーコンピューターが発売された当時、私は中学生でした。当然、欲しいと思いました。ですが、両親が購入を許してはくれませんでした。
「ただでさえ勉強しないくせに、ゲーム機なんてあったらどうなることか」
両親の見立ては正しいものでした。テスト前だろうが、明日が高校入試だろうが、意志薄弱な私はきっと誘惑に負け、ファミコンにカセットを差しこみ、時間を忘れてコントローラーのボタンを連打したはずです。
満を持してファミコンが我が家にやってきたのは、私が短大に入学してからのこと。友人の家で『ポートピア連続殺人事件』の迷路場面を、指をくわえて見ているだけだった私は、それ来たとばかりに中古ソフトを買いあさり、友人と貸し借りをするなどして、二度と帰ってこない若かりし日々の九割九分を、ゲームに費やすようになりました。なにしろ、講義が一コマ空いただけで、家に帰ってゲームしていたくらいなのですから、重症です。
以来、30歳に手が届くくらいまでは、寸暇を惜しんでゲームをしていました。本を読むよりもゲームをやっていた時間のほうが、おそらく長いのではないでしょうか。本当に我ながら困ったものです。
ただ、さすがに三十路となると「この年でいつまでもゲームはどうか」と若干冷静になり、一時期離れました。ハードはPS2で止まり、このままゲームとは距離を置いていくのか…と思いきや、とあるゲームに出会い、ゲーマー熱が再燃してしまいました。
そのゲームの名は『SIREN』。謎解きあり、戦闘要素ありの和製ホラーゲームです。
ものすごく難しくてものすごく怖いゲームですが、それがとてつもなく面白い。
舞台は日本。土着信仰が根付いた山間の村です。この舞台設定が非常に細かいところまで作りこまれていて、一気にプレイヤーを惹きつけます。プレイヤーは村にかかわる多くの登場人物を動かし、各々のミッションをクリアしていきながら、その中で得た情報をもとに、物語の全容を探っていきます。
ゲームには攻略本が付き物ですが、インターネットで検索すると簡単に攻略情報が出てきてしまう今、読み手は単なる攻略方法が記されたものだけではない、ゲームの制作秘話や制作スタッフへのインタビューなど、読み物としても楽しめる内容を望んでいると聞きます。
私の好きな『SIREN』ですと、攻略本とはまた別に、『サイレンマニアックス』という本が出版されています。これには、ゲームの攻略方法は一切書かれていません。攻略本ではなく『サイレン公式完全解析本』という扱いです。
これが実に読みごたえがあるのです。登場人物の詳細な設定とその紹介、各登場人物がこの日この時間どういう行動を取っていたか、という情報をひと目でわかるように整理した、膨大な情報量のタイムテーブル、ゲーム中に取得するアーカイブの解説、製作スタッフへのロングインタビュー、ゲーム内で使われた廃村写真の数々、ゲームストーリーに影響を与えた多くの参考文献、制作手法等々…。外伝小説が5本に、描き下ろしマンガまで収録されているという、驚異の充実っぷりです。
つまり、『サイレンマニアックス』は、『SIREN』というゲームを補完するものでありながら、前述のユーザーのニーズ(読み物としても楽しめる)に応えた、一冊のとても面白い本としても成り立っているのです。ファミコン黎明期には、おそらくこういった本の形態はなかったと思います。ゲームそのものの進化はもちろん、インターネットという情報網の発展にともない、ゲーム関連本も形を変えていった結果でしょう。
ゲームはゲームとして完結しているものと思われがちですが、このような解析本を足がかりに、新たな読書につながる発展性もあるはずです。『サイレンマニアックス』の場合、ゲームに影響を与えた書籍やDVD、CD等が計32作品紹介されています。たとえば本ですと、『屍鬼』、『キャリー』、『ラヴクラフト全集』など。
ゲームが好きだからこそ、手に取ってみる本がある。そこから、「この作者の本をもっと読みたい」と、さらに別の作品へ読書の興味が広がっていくというのも、なかなか素敵なことだと私は思います。(作家 乾ルカ/SANKEI EXPRESS)
≪「サイレンマニアックス」(週刊ザ・プレイステーション2編集部)≫
伝説の怖さを誇るゲームの全貌を徹底解析。ホラー漫画家・伊藤潤二による書き下ろし漫画なども収録。ソフトバンククリエイティブ、2310円。
≪「屍鬼」(小野不由美著)≫
古い因習に縛られた山間の村で、突如3体の腐乱死体が発見される。近代日本に吸血鬼をよみがえらせた、日本ホラー文学の金字塔。2008年に漫画化、10年にテレビアニメ化もされた。新潮文庫全5巻、662~788円。
≪「キャリー」(スティーヴン・キング著、永井淳訳)≫
巨匠キングのデビュー長編。念動能力を持つ少女・キャリーが、母からの虐待やいじめによって町を破壊する。過去に2度映画化されており、新作が国内では今年11月に公開予定。新潮文庫、746円。
≪「ラヴクラフト全集」(H・P・ラヴクラフト、大瀧啓裕・宇野利泰・大西尹明訳)≫
米国にうまれた怪奇幻想文学の巨星、H・P・ラヴクラフト(1890~1937年)。その世界を総括する文庫版全集。東京創元社全7巻、567~735円。