SankeiBiz for mobile

新春インタビュー 映画監督 河瀬直美さん(4) 生への渇望 傑作生み出す原動力

 日本人はその昔、太陽と海と空と雨を含めて、自然をすべて把握し、作物を作ってきた農耕民族でした。そんな彼らの多くは戦後、サラリーマンにもなって世界で活躍し、日本の復興を支えてきました。彼らは優秀に決まっているわけですよ。でも、次の世代は?といえば、先人たちがどんなにすごかったのか、自然のありがたさや恐ろしさも何も分からないまま、例えば都会でデスクの上の数字だけを追いかけているような毎日を送ることになってしまうわけです。

 もし生存が脅かされるような危機が押し寄せてきたら、どうすべきなのか? 農民たちは答えをちゃんと知っているんですよね。種をまたまけばいいと知っている。今、70~80歳の人たちが親世代から学んだことと、自分たちが海外から学んできたことを融合させて日本を発展させてきたんですけど、その次の世代はどうか。自然とリアルに向き合ったことがなく、自分を取り巻くものの中だけで何か方策を見つけようとして、堂々巡りに陥ってしまうかもしれない。

 彼らの生きていく力はすごい弱いと思います。そもそも次の世代はコミュニケーションをとることが苦手とも言えるわけだから、他人が何を考えているのか見通すこともできない。人の本質を見られないんです。相対的に弱くなるに決まっている。

 映画の分野だけでみても、日本人の若手クリエイターよりも、韓国や中国のクリエイターの方がガツガツとしていてずっと力強いですよ。国がとても貧しかった南米では、映画を撮れるようになった若者たちがすごい作品を発表するようになりました。彼らに共通しているのは、生きることへの渇望。この渇望が作品を作ることへの欲望につながっているんですよね。

 私が映画の分野で自分より下の世代を育てるという観点でいえば、各地の映画祭を通して発見される新しい世界の才能を2年に1度の「なら国際映画祭」にお呼びして紹介し、(受賞特典で)実際に映画を撮ってもらって、私も一緒にプロデューサーとして関わりながらやっていく形かな。今、4本目をやっています。私は下の世代の映画人に対し、引くところは引いて、押すところは押す。あとは、自分の経験の中で、自分が何かを失いながら得てきたものがあるとするならば、素直に自分の経験を話すことかな。

 昨年(2013年)12月には奈良の山中にスイス・ジュネーブの大学に通う学生11人を呼んで、3週間にわたって映画作りのワークショップもやりました。学生の中には、ケニアの難民キャンプで育った子もいれば、祖父がシリアで暮らしていて明日の命も食料も分からず心配している子もいましたよ。大変な背景を持って生きてきた彼らが、映画の知識を得ようとストイックに学ぶ姿勢に、私は目を見張りました。(取材・構成:高橋天地(たかくに)、津川綾子/撮影:野村成次/SANKEI EXPRESS

 ■かわせ・なおみ 奈良県生まれ。「萌の朱雀」(1997年)でカンヌ国際映画祭新人監督賞を史上最年少受賞。「殯(もがり)の森」(2007年)でカンヌ国際映画祭グランプリ受賞。なら国際映画祭ではエグゼクティブディレクターを務める。12年、「朱花(はねづ)の月」がモロッコ・サレ国際女性映画祭最優秀グランプリを受賞。13年のカンヌ国際映画祭では審査員(コンペティション部門)に選出。奈良を撮りおろした「美しき日本」シリーズがWEB配信中。

ランキング