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新春インタビュー 映画監督 河瀬直美さん(2) 美しく荒々しい自然 共に生きる

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新春インタビュー 映画監督 河瀬直美さん(2) 美しく荒々しい自然 共に生きる

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奄美大島の人々が「2つの海が見える場所」と呼ぶ高台から望む東シナ海(左)と太平洋(右)。2つの海は徒歩で10分もかからない距離にある=鹿児島県大島郡龍郷町(別府亮さん撮影)  ≪生命が循環する海と山 自分をリセット≫

 「2つ目の窓」の撮影で奄美大島に入ったのは昨年(2013年)8月中旬でした。10月31日のクランクアップまでの2カ月半を奄美大島で暮らしてみて、自分の中にグッと飛び込んできたのは潮騒、海ですね。奈良では感じられないものだから、余計に印象的だったんでしょう。でも海と山の両方が奄美大島にはあるんだということが分かってきて、そこに生命の循環があるんだと気づきました。

 山の水源地が川になり、海に注いで、奄美大島ではその川道を神道と呼んでいると聞きました。神が通る場所であり、育まれる場所なんです。ネリヤカナヤ(奄美地方の方言で「海のかなたの楽園」の意味。古より人間に豊穣(ほうじょう)をもたらす神がいると信じられてきた)の思想では、海のかなたにも世界があって、先人たちが守ってくれているという感覚があるんです。太陽も、月も、海も、空も、全部が一体となっている世界に、自分が存在させてもらっている感じなんです。

 最初の1週間で、だんだん今日が何曜日なのかとか、カレンダーに意識が及ばなくなってくる。お月さまの形で昨日と今日が違うということを知る、そんな生活のリズムになっていきました。私の息子は本土で小学校に通っているのですが、その息子に電話をかけて「今日も学校で頑張ってね」と言ったら、日曜日でお休みだったとか(笑)。現代社会とずれてしまったとまでは言いませんが、自然と一緒に生きているという感じに、すーっとなりましたね。

 自然との共生って、現代人にはなかなか大変なことだと思います。得てしまった文明を捨てるということはとても難しいこと。そこにいれば快適だし、物事がスピーディーに運んだりとか、いいこともいっぱいあるんですけれど、それだけだと疲れるという人間の本質的な部分もある。そういうときに大海原に身を投じるというか、1回リセットして、原点に立ち返って自分を見つめる時間をもう一つ持ってみるという、バランスをとることも大事なのではないかなと思いますね。どっちかに偏ると、やはり対立してしまう感じがしてしまって。

 もともと人間は知性や、他者を思う気持ちを持っているので、より高度な心のありようをバランス感覚によって得ていく。それが次のステップになっていくのかなと思っています。特に戦後の日本は昔から伝わってきた大切な物事を潰しちゃって、壊しちゃって、もしくは忘れちゃって、新しいものへと進んできました。もう一回、現代的な便利さも、良き伝統も、どちらも併せ持った豊かさを目指してもいい。そうすれば、もしかしたら世界の人々が目指す指針にもなるかもしれません。実直で真面目な日本人、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さんの世代に戻って、自然と共生していけるチャンスだとも感じています。

 ≪台風にもめげず あきらめない精神≫

 昨年(2013年)は30個も台風が発生し、撮影中も奄美大島の近くを通過しました。私は映画の中で台風の猛威を撮影しました。奄美大島は台風なくしては語れない場所なんです。それが独特の風土を作ってきたのかなと、私は改めて思っています。

 種を植えて、芽が出ても、9月、10月という一番実り多き収穫の時期に全部台風に持っていかれ、農作物は壊滅的な打撃を受ける可能性もあるんです。それでも農家の方はめげずに春には再び種を植えていく。そういう繰り返しの中で生きているんです。

 彼らは簡単にはあきらめないという強い精神を持っているのではないだろうか。彼らの精神世界を肌で感じました。

 聞けば、奄美大島では10月に台風が来ることはあまりないそうです。だから種下ろしや集落の敬老会が催されるみたいなのですが、昨年(2013年)は本当に台風が多くて。私たちが10月中を撮影期間に設定したのも、9月で台風シーズンはある程度終わると聞いていたからなんですよ。

 シナリオに台風の場面を入れたのも、ものすごい勢いで風が吹き付けて海の表情が変わっても、それを享受する人間のありようを描きたかったからです。凪の美しい世界と、人々の生命をも奪ってしまう荒々しいものが、「海」という1つの言葉のなかで毎日違う表情を見せ、音を奏でる。そんなことも映画では描けたと思います。

 物語では奄美大島に暮らす16歳の少年少女を主人公にしました。2人はまだまだ危うい気持ちの純真無垢(むく)な思春期にあります。人間の心はどうしようもなく複雑であいまいなものだからこそ、「2つ目の窓」は心の成熟を自然という名の神から学んでゆく物語になればいいなと願いを込めました。

 この映画は単なる恋愛物語ではなく、2人と彼らを取り巻く大人たちの姿を通して、人間の魂は同じところへ還(かえ)りつくんだというメッセージを込めました。映画の中で流れる時間は、奄美大島で力強く生えているガジュマルの葉を揺らす風を意識して切り取ったものです。(取材・構成:高橋天地(たかくに)、津川綾子/撮影:写真家 別府亮/SANKEI EXPRESS

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