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優れた戦争画ゆえ心に負った傷と変貌 「宮本三郎の仕事 1940’s-1950’s『従軍体験と戦後の再出発』」 椹木野衣 (4/5ページ)

2014.9.29 13:00

【宮本三郎記念美術館】「飢渇」カンヴァス・油彩、1943年(昭和18、提供写真)

【宮本三郎記念美術館】「飢渇」カンヴァス・油彩、1943年(昭和18、提供写真)【拡大】

  • 【宮本三郎記念美術館】「不詳(寝たる裸婦)」1947~48年(昭和22~23)年、カンヴァス、油彩(提供写真)
  • 【宮本三郎記念美術館】「山下、パーシバル両司令官会見図」制作中の宮本三郎、1942年(提供写真)
  • 【宮本三郎記念美術館】「不詳(兵士)」紙・コンテ・水彩、制作年不詳(提供写真)
  • 【宮本三郎記念美術館】『週刊少国民』1942(昭和17)年8月2日号(提供写真)

 自我感じられぬ空虚

 だが、それなら宮本はなぜ、敗戦後にこれほどまでに作風を変えたのか。いっそ「過ち」を犯した腕と画風をバネに、戦争画を払拭するような群像図を描くことで、画家として内的に整合性ある展開を探らなかったのか。

 戦後の宮本の絵には自我というものが感じられない。腕の確かさはまちがいない。多様な筆触を描き分ける熟練はむしろ高まっている。しかしその高みのなかで宮本の絵はひどく空虚だ。それなら凡庸でも溌剌(はつらつ)とした戦前の裸婦像のほうがはるかに充実している。正直なところ、もう何を描いたらよいのかわからなかったのではないか。そしてだからこそ、「同じ過ちを犯す」のを、心のどこかで待望していたのではあるまいか。(多摩美術大学教授 椹木野衣(さわらぎ・のい)/SANKEI EXPRESS

ガイド:「宮本三郎の仕事 1940’s-1950’s『従軍体験と戦後の再出発』」

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