そしてやがて、「まーだだよ!」という返事の代わりに「なにかにつながっていた」自分たちを見いだすのだ。その顛末(てんまつ)については、3日分の日記の形式をとった「なにかとつながった日」と、樹海で拾った日本酒の紙パックを使って作られたはがき状の「 」であらわされている。とりわけ後者では、伝えられたかもしれない無言の空白として、新たに誰かのもとに届けようとする。行為と現実、加害と被害、命あるものと命なきものとが「もういいかい?」の言葉だけを頼りに結び合い、ほつれあい、切り離される。これは命をめぐるギリギリのせめぎあいだ。
これらを見たあとで、私たちは出口に辿り着く。そこには、被災地で記録され、もう誰もいなくなった各家のドアが投影されている。耳を澄ますと、ノックの音が聞こえる。かれらが、そこにいたはずの人たちに向けて、「もういいかい?」と同じように一軒ずつ、声を掛けているのだ。私たちはその布を開けて、ようやく外の世界に出る。そして、この個展に入ったときとは少しだけ…しかしどこか決定的に違って見える現実と再会するのだ。(多摩美術大学教授 椹木野衣(さわらぎ・のい)/SANKEI EXPRESS)