どんな偉人・有名人のサインでも、それが色紙に書かれていると気付いたとたん、にわかに視界ごと黄昏色に染まるような気がする。それはきっと、日本人の記憶のなかで色紙が、お好み焼き屋や居酒屋の壁と切っても切れない縁を持っているからだろう。言ってみれば、アートや現代美術からもっとも遠い世界だ。
きっと、少なからずの人が幼いころ、そんな風景を眺めながら、いつかは色紙にサインする側にまわりたいと、自分のサインを練習したことがあるのではないか。氏名をつなげたりアルファベットに置き換えたり。もっと素早く描くにはどうするか。何枚もの紙に練習で描き殴った人だっているだろう。たまに今でも、そのころの手癖で自分のサインを書ける人に出会うことがある。クレジットカードの裏面の署名とは全然ちがう、芸能人のサインのような代物だ。そんなとき、照れくさそうにサインを披露してみせてくれる様は、悪いが見ていて実に興味深い。なんとなればサインには、そのひとの生い立ちや素のままの顔が、引きはがし難く塗り込められているからだ。