作品には、黒人が白人に抱く敵意にも温度差があることや、公民権を手にした黒人に対して白人が使い分ける本音と建前といった、複雑な心理が巧みに描写されている。表面上は白人にこびへつらいしたたかに生きていくタイプ、権利を勝ち取るためにあらゆる手段を使い権力と闘うタイプ、権力との闘いを放棄し、生きる気力も失ったまま漫然と生きるタイプ-。ダニエルズ監督は、作中にさまざまな人物像を散りばめた。
知っている人物投影
「セシルとルイスの関係は自分と父の関係に似ている」と語る監督は、険悪だった自らの親子関係を2人の姿に重ね合わせ、本来あるべきだった姿を想像しながら丁寧にカメラに収めていったそうだ。また、セシルについては、自身の祖父、叔父、今までに出会った奴隷出身の使用人の家族たちなど、これまでに何らかの関わりを持ったすべての黒人たちを合体して1人にしたキャラクターだと明かした。アレン本人に取材できなかった事情も大いに影響したのだろうが、「僕は自分が知っている人物や内容でなければ、物語をつづることができないタイプの映画監督だからね」。本作の冒頭、実在のアレンに少しだけ手を加えた旨の注釈が出るのはそんな理由からだ。