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大きなこと実行する後押しできないか 黒木渚
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ミニライブで歌う黒木渚。昨年(2013年)暮れにバンドを解散し、ソロで音楽活動を続けることを決めた=2014年3月2日、東京都中央区銀座(栗橋隆悦撮影) 人気が出てきて知名度が広がり、バンドメンバーとともに九州から上京してきたのに、昨年(2013年)暮れに突然、バンド名義の“黒木渚”からソロ名義の“黒木渚”へと変えた。そして満を持して発表したのが、デビューアルバム「標本箱」だ。
「今は、“自分の世界を自分で創っていく”という感覚がすごくあります。バンドで演奏するより、1人対ミュージシャンの方が、自分でイニシアチブを取れている感じがして音を構築しやすいから」
ソロでやっていくことへの決意は、ツアーをしながらライブ会場でファンに「2年以内に武道館に行くからね」と公言していたものの、“バンドのままでは絶対に間に合わない”と思ったのがきっかけだった。
とにかく焦りはある。音楽に魅せられたのが遅かったからだ。中学高校時代は厳しい勉学生活を寮で送り、大学へ進学。サークルを選ぶ際に、幼少時に祖母から日本舞踊を習っていた影響からステージに憧れがあり、演劇部か軽音楽部か迷い、後者を選んだ。この時に初めてギターを手にし、曲を作り始めた。
「アマチュアでやっている時期は、歌は自分が不可解な感情と出合った時に消化するための手段だった。今まで内に向いていた視点が“全体を巻き込んでいきたい”と、人に聴いてもらうことを前提に曲作りするようになったのは、バンドでプロになった頃ですね」
大学院まで進んだ後は、市役所勤務と並行して活動していたが、ほどなく退職する。
「安定した人生を捨ててまで音楽に駆り立てたものは、一つは純粋に自分の突き詰めたいものを創っていける面白さ。もう一つは、ライブ中にお客さんの表情にとてもピュアな瞬間があるんですよ。それを見つけた時に、“人間って最高”“黒木渚に生まれて最高だわ”と思えるからかな」
アルバム「標本箱」には、11人の女性が描かれている。
「『ウェット』で歌っている狂気に満ちた女というのは絶対に私の中にいるし、両極端な『窓』に登場する初恋の清らかな少女みたいなのも私の中にいる。この11人は私のいとしい分身であることには変わりはないので、リスナーがその中の一人にでも共感してくれたら、それはその人と私の中に共通項があるということ。そこが喜びの瞬間というか、ピュアな瞬間ですね」
歌詞の着眼点が興味深い。曲のタイトルにもなっている「マトリョーシカ」や「フラフープ」といったモノが、メタファーとしてうまく使われている。学生時代に英国の小説家、ジュリアン・バーンズを研究し、その後、トニ・モリスンなど黒人女性文学を学んだ影響が大きいという。
「このアルバムで今の私と一番リンクしている曲は『革命』です。ソロになった決意の裏のいろいろな思いは、全部この歌にぶち込んだので。そして女性みんなに聴いてほしいですね。大きなことを決めて実行するときには、その意思を突き通す自分に対する尊敬もあるし、反対に恐ろしさもある。子育てしかり、部活動しかり、就職して新しい環境に身を置く人しかり、独りぼっちで闘っている気になるときってあるじゃないですか。その時に『革命』を聴いてもらうことで、後押しできないかなって思っているんです」
社会で働いた経験もあるからこそ、説得力のある歌を歌えるのだろう。「標本箱」にはある意味、脚本家としての黒木渚の才能も発揮されている。そう思うと、大学入学時に悩んだ演劇部と軽音楽部に関するセンスが、このアルバムに見事に集結しているのだ。(音楽ジャーナリスト 伊藤なつみ/SANKEI EXPRESS)