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何も語らず逝った父への思い重ね 「八月の青い蝶」 周防柳さん

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何も語らず逝った父への思い重ね 「八月の青い蝶」 周防柳さん

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小説すばる新人賞を受賞した周防柳(すおう・やなぎ)さん。父親の被爆体験は長年書きたいと思っていたテーマだった=東京都千代田区(塩塚夢撮影)  【本の話をしよう】

 第26回小説すばる新人賞を受賞した周防柳(すおう・やなぎ)さん(49)の『八月の青い蝶』が刊行された。1945年と現代の8月を交錯させながら、原爆によって断ち切られた恋物語を描いた長編だ。

 洞窟をさぐるような感じ

 物語は2010年から始まる。急性骨髄性白血病で自宅療養することになった亮輔は、中学生のときに広島市内で被爆していた。妻と娘は、亮輔が大事にしている仏壇で、古びた標本箱を発見する。そこには、小さな青い蝶がピンで止められていた。誰にも語られることがなかった亮輔の恋とは-。

 亮輔のモデルは、実際に広島市内で被爆した自身の父親。その被爆体験は「いつか書きたいとずっと思っていたテーマ」だという。10年以上温めていたが、父親の死に背中を押され、筆を執った。「何も語らないまま父は死に、永遠に封印されてしまった。でも、逆に今こそ書かねば、とも。スタートラインで立ち止まったままだったところに、やっとピストルが鳴った、という感じですね」

 執筆過程を「入り口だけあって、中は全く分かっていない洞窟をさぐるよう」だったと表現する。“洞窟”を進む道しるべとなったのは、「なぜ父は何も語らなかったのか」という問いだった。「祖父は軍人だったので、その子供だという負い目があったのかもしれない。被爆直後の凄惨な状況の中では、助けを求める周囲の人を見殺しにせざるを得なかったこともあると聞きます。話せなくなるほどの悲しみとは何かを考えていきました」

 凍結された命の象徴

 中学生の亮輔の心に芽生えたのは、父の若い愛人で、自分の遠戚でもある希恵(きえ)へのほのかな恋情。同じ自宅の敷地内で暮らすことになった2人の心は、互いの趣味である昆虫採集をきっかけに近づいていく。8月6日、亮輔は希恵と蝶の羽化を見に行く約束をする-。

 1945年と現代の8月をつなぐ存在である青い蝶の標本。「午前8時15分で止まったままの時計の代わり。その瞬間に凍結された命の象徴です」

 亮輔の父、母、祖父、果ては希恵の両親まで。一人一人の出自にまでさかのぼり、小説第1作とは思えない筆力で、登場人物に存在感を与えた。「後で言われて気づいたんですけど、ここまで書かなくてよかったのかな(笑)。でも、書いている当時は『そこまで説明しないと、この人の由来分からないじゃない』と…。私にとっては、どの登場人物も等価。交差点を通り過ぎる人物たちを書いているようなイメージです」

 歴史の解説本などのライター・編集者として、約20年のキャリアを持つ。「ライターだと嘘は書けないじゃないですか。戦国時代のあの謎はこうだったとか(笑)。反対方向に行ってみたいという思いはありましたね」

 父の死から今年で4年。「作品に書いたからでしょうか。いつまでも、父親が死んだという気がしないんです」(塩塚夢、写真も/SANKEI EXPRESS

 ■すおう・やなぎ 1964年東京都生まれ。5歳から広島県、山口県で育つ。早稲田大学卒業後、編集者・ライターに。2013年「八月の青い蝶」(「翅と虫ピン」を改題)で第26回小説すばる新人賞を受賞。

「八月の青い蝶」(周防柳著/集英社、1470円)

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