SankeiBiz for mobile

汚い人なんかいないと伝えたい 「舞台」作家 西加奈子さん

ニュースカテゴリ:EX CONTENTSのトレンド

汚い人なんかいないと伝えたい 「舞台」作家 西加奈子さん

更新

作家の西加奈子さん。自分を見つめるもう1人の自分。本作の執筆を通じ、「見られているではなく、見守ってくれているのかも」と意識が変わったという=2014年1月20日、東京都文京区(伴龍二撮影)  【本の話をしよう】

 ≪苦しみを苦しんであげて≫

 生きてるだけで、恥ずかしい-。人気作家、西加奈子さん(36)が、新刊『舞台』を刊行した。ある目的のためにニューヨークを訪れた男が盗難にあって無一文に。過剰な羞恥心とプライドから助けを求められないまま、極限の状態まで追い込まれるという異色の長編小説。思わず「うわあっ」と叫びたくなるような恥ずかしさに満ちた、魂のドラマが誕生した。

 繁華街のど真ん中で、ガイドブックを広げるなんて恥ずかしい-。誰だって、旅行先では“地元な自分”を演出してしまいたくなるものだ。それがニューヨークなら、なおさら。

 今までとは違う人物

 「ニューヨークは憧れの場所。聞くだけでワクワクするほど。名もなき街角でも絵になる。5番街でコーヒー片手にさっそうと歩くビジネスマンがいたりして、初めて訪れたとき『ニューヨークすぎるわ!』と叫びたくなりました。でも、観光客って、ニューヨークが持つ華々しさとは真逆。そんな『恥ずかしさ』を小説にしたら面白いんじゃないか、と」

 主人公は29歳の青年、葉太。初めての一人旅、初めての海外旅行にガイドブックを丸暗記して臨んだが、滞在初日にしてかばんを奪われる。犯人を追いかければいいものを、周りの目を気にし、何気なさを装ってただ笑うだけ。領事館にも「初日で盗難(笑)」と言われるのをおそれてなかなか行くことができない。こうして、羞恥心でがんじがらめになった葉太のニューヨークでのサバイバル生活が始まる-。

 葉太というキャラクターが誕生したきっかけには、あるメッセージがあった。「今までの私の作品には、どちらかというと自意識からうんと遠い、天真爛漫なタイプの登場人物が多かった。読者の方からも『ありのままの自分でいいんだと励まされました』というお手紙をもらうことがある。すごくうれしいんだけれど、人間って天真爛漫な人ばかりではない。逆にそういう人を見ると『私ってなんて汚いんだろう』って思ってしまうこともある。葉太という人を描くことで、『汚い人なんかいないよ』と、自分にも、読者にも伝えたかった」

 存在自体が恥ずかしい

 「自分の存在自体が恥ずかしい」という意識の原体験は、幼少時の海外生活にある。「エジプトに住んでいたのですが、日本人は現地では『お金持ち』だけれど、エジプト人の友達は貧しくて靴も履いていない。自分の手柄でもないのにこんなにっぜいたくをして恥ずかしい、という意識がずっとあった」

 葉太が抱える苦しみも、同じ。著名な作家を父に持つ葉太は、イケメンでお金持ち。でも、それゆえに恥ずかしい。「『金持ちだから苦しいねん』なんて、周りに言えませんよね。でも、苦しいのは真実。『人の苦しみに比べたら私のなんて甘い』と軽んじることなく、自分の苦しみを苦しんであげてほしい」

 自分自身を見つめる目

 葉太は亡霊が見えるという特殊な能力を持つ。「常にこの世ならざる者から見られている、という感覚ですね。日本人は『バチが当たる』という感覚があるけれど、それは常に誰かから見られている、ということ。その誰かは世間や亡霊かもしれないし、究極的にはもう一人の自分なんだと思う」

 自分自身を見つめる“目”。「私、一人でいても本当の意味では孤独になれない。もう一人の自分が見ているから。この作品を書いて、『見られている』から『見守ってもらっている』に意識が変わった。自分が自分であるために、自分を自分が見守ってくれているんだ、って。すごく自分自身も救われました。今は素直に、『世界で一番幸せになってほしい』と自分に対して思えます」

 暴走する葉太の自意識だが、読んでいる方は思わず笑ってしまう。「笑ったって、笑ったって! 葉太君は、同情されるのが一番恥ずかしくてつらい子やから。笑ってあげた方が喜ぶはず」

 通底するのは、「愛」だ。人が好き、世界が好き。「だって、そう思わんと、損やろ!」(塩塚夢、写真も/SANKEI EXPRESS

 ■にし・かなこ 1977年、テヘラン生まれ。カイロ、大阪で育つ。2004年『あおい』でデビュー。07年『通天閣』で第24回織田作之助賞、13年『ふくわらい』で第1回河合隼雄物語賞を受賞。他の著書に『さくら』『しずく』『漁港の肉子ちゃん』などがある。

「舞台」(西加奈子著/講談社、1475円)

ランキング