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間違った使い方をすべきでないとは思わない 「明日へつなぐ言葉」歌人 沖ななもさん

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間違った使い方をすべきでないとは思わない 「明日へつなぐ言葉」歌人 沖ななもさん

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「複雑なことが日本語の豊かさ」と話す、現代短歌を代表する歌人の一人、沖ななもさん=埼玉県さいたま市緑区(塩塚夢撮影)  【本の話をしよう】

 「爆睡する」か「ぐっすり寝込む」か。「腰を抜かす」か「腰が抜ける」か。現代短歌を代表する歌人の一人、沖ななもさん(68)が、言葉にまつわるエッセーを『明日へつなぐ言葉』として刊行した。歌人ならではの感性で、複雑かつ豊かな日本語の世界へといざなう。

 「爆睡」より「ぐっすり寝込む」のほうが、深く寝ている感じがする。「腰を抜かす」も「腰が抜ける」も同じ意味だけれど、「抜かす」は驚く方で、「抜ける」はがっくりくるような感じがする-。そんなささいなひっかかりを、自身が主宰する歌誌「熾(おき)」(「詞法」から改題)の巻頭文として書き続けてきた。本書はその十数年間分を収録したもの。「よくもまあ、細かいことをこちゃこちゃと書いてきたな、と(笑)。でも、私たちの暮らしって、さざれ石のように小さいものの集合体。ささいなものの中に日常があるのだと思います」

 複雑さこそが豊かさ

 〈道の端にヒールの修理を待つあいだ 宙ぶらりんのつまさきを持つ〉。1983年、第一歌集『衣裳哲学』で現代歌人協会賞を受賞して以来、現代短歌の第一線を走り続けてきた。「もともと私は自由詩を書いていました。ですので、短歌というよりも、『不自由詩』をやっている感覚ですね。五七五七七という決まりの中で、同じ意味の言葉でも他のものはないかだとか、いろいろ工夫をしながら歌を作っていく。不自由だからこそ、見えてくるものがあるんです」

 “不自由”の中で磨かれてきた感性がとらえた言葉たちに、持ち前の好奇心で彩りを与えていく。「御御御付け」と書いて、おみおつけ(みそ汁)。みそ汁に最上級の敬語を付けた理由は、みその豊かな効用ゆえ?…などなど。「言葉の背景を考えていくのが楽しいんです。言葉って、歴史であり文化そのもの。日本人が何を慈しんできたかが込められている。日本語って、同じ漢字でも読みが違ったり、すごく複雑。でも、その複雑さこそが豊かさなのだと思います」

 時代によって変わる

 テレビや新聞で見かけたり、暮らしの中で出会ったり。気になる言葉に出会うたび、メモをする。先ほどあげた「爆睡」のように、“イマドキのコトバ”にも鋭く反応。「言葉は生き物。『間違った使い方をすべきでない』とは、私個人は思っていません。本当に必要な言葉であれば、暮らしの中に定着し、それがやがて『正しい日本語』になっていくのですから」。時代によって言葉の意味も変わる。例えば『情けは人のためならず』。本来は『人に親切にすれば、その相手のためになるだけでなく、やがてはよい報いとなって自分にもどってくる』という意味だが、今は『親切はその人のためにならない』と使われることが多い。「昔は貧しかったので、相互扶助しなければ生きていけなかった。でも今は豊かになって、特別な事情がない限り、働こうと思えば働くことはできる。人を甘やかしてはいけない、という意味に変わってきたのでしょう」

 古語から現代語、漢字にカタカナ、ひらがな。あらゆる日本語のかたちがおさめられた本書。「言葉は、たくさん知っておいた方が得。貯金のようなもので、自分や、会話の相手をどんどん豊かにしてくれるはずです」(塩塚夢、写真も/SANKEI EXPRESS

 ■おき・ななも 1945年、茨城県古河市生まれ。83年第一歌集『衣裳哲学』で現代歌人協会賞受賞。94年歌誌「詞法」、2004年「熾」を創刊。歌集に『機知の足首』『沖ななも歌集』など。エッセー・評論に『樹木巡礼』『神の木 民の木』など。

「明日へつなぐ言葉」(沖ななも著/北冬舎、1890円)

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