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マイルス・デイヴィスをグルーヴな日本語にする 菊地成孔と大谷能生の大胆なアフォーダンス 松岡正剛

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マイルス・デイヴィスをグルーヴな日本語にする 菊地成孔と大谷能生の大胆なアフォーダンス 松岡正剛

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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 それまで『墓に唾をかけろ』の映画音楽が一番だと思っていた頃のぼくが、ルイ・マルの『死刑台のエレベーター』を見たとき、その音に仰天した。マイルス・デイヴィスの即興演奏だと知って、それからはおそるおそるこの異能を追うことになった。『カインド・オブ・ブルー』から『クールの誕生』へ。

 菊地成孔と大谷能生が共著した『憂鬱と官能を教えた学校』という、ぶっとんだ本がある。2002年5月から12回36時間のナマ演奏含みの講義をまとめたものだ。一応は「バークリー・メソッドによって俯瞰(ふかん)される20世紀商業音楽史」というサブタイトルが付いてはいるが、そんなものじゃない。空前絶後の奔放な音楽講義になっている。

 この『憂鬱と官能』が2004年に本になったころ、菊地・大谷は東大教養学部のジャズ講義を担当した。大胆にアルバート・アイラーをフィーチャーした講義を3期にわたって続け、翌年に「マイルス・デイヴィス3世研究」に転じた。その直後、NHK京都の上野智男が菊地をNHK教育に引っ張り出してマイルスを語らせた。ぼくはこれを見て瞠目(どうもく)した。ぼくは上野君に言った、こいつはいいね。東大講義は『M/D』という本になった。

 マイルスについての本はゴマンとある。自伝もあるし、『マイルスを聴け!』の中山康樹など2010年だけで6冊も書いた。いろいろ読みながら、菊地・大谷が満を持して「モダリティ」「ミスティフィケーション」「エレガンス」の3つの窓をアフォーダンスとして縦横に裁断してみせたマイルス論が、断然に群を抜いていた。とくに菊地の用いる言葉がバップでクールでフュージョンになっていたのだ。こういう日本語でマイルスを語ることが、ずっと待望されていたものだ。

 マイルスは高速の沈潜者で、才能の狩人だった。50年代前半はコルトレーンらと組み、後半はビル・エヴァンスがラヴェルやラフマニノフを持ち込んでセクステットをつくり、60年代はソニー・ロリンズ、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーターと交えながら「黄金のクインテット」で『ネフェルティティ』などを練り上げた。70年代のエレクトリック・マイルスはスタジオ録音のたびにモダリティを変え、80年代はプリンス、チャカ・カーン、シンディ・ローパーさえ編集し、最後はヒップホップまで超ジャズにした。

 こんな悩ましくて恰好いいミュージシャンには、しばらく出会えないだろう。

 【KEY BOOK】「マイルス・デイビス自叙伝(上下)」(マイルス・デイビス/クインシー・トループ著、中山康樹訳/宝島社文庫、840円、在庫なし)

 マイルスは「帝王」と呼ばれた。この本はその帝王が残した唯一の自伝だ。とはいえトループがヒアリングでまとめたので、全編が「オレは…」の口調になっている。「オレの人生で最高の瞬間はディズとバードが一緒に演奏しているのを初めて聴いた時だった」というふうに。ディズはディジー・ガレスビー、バードはチャーリー・パーカーだ。

 【KEY BOOK】「マイルス・デイヴィス」(中山康樹著/講談社現代新書、756円、在庫なし)

 元「スイングジャーナル」編集長によるMD入門書。生涯、主要音楽シーン、必聴盤がだいたいわかる。穏やかにMDを知りたいならお薦めだ。もう少し濃く知りたいなら『マイルスを聴け』シリーズを。中山は「ジャズはマイルスだけを聴いていればいい」という金言の持ち主。「マイルスが何をしたかではなく、マイルスにしかできなかったことが重要なのだ」という名文句もある。中山おススメの最大のインプロ盤は『カインド・オブ・ブルー』。

 【KEY BOOK】「マイルス・デイヴィスの真実」(小川隆夫著/平凡社、3990円)

 「スイングジャーナル」連載の「マイルス・デイヴィスがすべてだった」を、ぼくの編集担当者が本にした。ニューヨーク大学大学院にいた頃からジャズミュージシャンたちと交わり、MDとも何度も語らってきた著者には、MDに対する万感こもる敬愛が染みわたっている。練習に練習を重ね、実は譜面通り吹いているMDが、しかしつねに独自のスタイルを発揮できたのはなぜなのか。本書はこの謎を解くために綴られたと言っていいだろう。ゆっくり読みたい。

 【KEY BOOK】「M/D(上下)」(菊地成孔・大谷能生著/河出文庫、1470円)

 これぞお待ちかねのMD論だ。鳥の目と虫の目が、時代社会感覚とマニアックな分析感覚が、グルーヴな用語と日本語の用語が、これほど多点多岐多様にフュージョンしながら高速に語られた本はない。おそらく菊地の「見立て」の能力が広範で俊敏で、きわめて知的であるからだ。だから本書はMD本でありながら、菊地本だ。さらに詳しくは『憂鬱と官能を教えた学校』を手に取られたい。画期的な音楽技能書だ。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。80年代、編集工学を提唱。以降、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発プロジェクトをリードする一方、日本文化研究の第一人者として私塾を多数開催。おもな著書に『松岡正剛千夜千冊(全7巻)』ほか多数。「松岡正剛千夜千冊」

http://1000ya.isis.ne.jp/

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