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「たまたま」と「まぐれ」の経済学 「偶然」と「運」を実力だと勘違いしないように 松岡正剛

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「たまたま」と「まぐれ」の経済学 「偶然」と「運」を実力だと勘違いしないように 松岡正剛

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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 一獲千金を夢見る者は、ルーレットの前で赤が出る確率を祈っている。しかし、どんな賭博も胴元が儲かってきたことは歴史が証明している。偶然と度胸だけで勝ち続けることなんて、ムリなのだ。それでも株屋やトレーダーやウォンツたちは、「見えない法則」を確信してマネーゲームに興じてきた。

 子供の頃、われわれは「成功は努力の賜物です、失敗は不注意でおこります」と聞かされてきた。大学に入ると「自然や社会にはルールがひそんでいる。それを発見するのが学問だ」と教えられた。偶然にはルールはないということだ。社会人になってみると、今度は「不確実な世の中でそれでも勝ち続けるのがビジネスだ」と言われるようになった。不確実とは偶然が支配する確率が大きいということだ。どうも世の中、何が基本になっているのか、よくわからない。

 いまやビッグデータ時代である。再び統計学が売れっ子になっている。ところが同じく統計学を駆使したはずの金融工学は世の中にマッドマネー幻想をふりまいて、結局はリーマン・ショックをもたらした。統計学が伝家の宝刀にならないことは、そのときそこそこわかったはずである。実際にも金融工学的な統計法則にいくつもの怪しいところがあることは、すでに『まぐれ』や『ブラック・スワン』を書いたナシーム・ニコラス・タレブらによって暴かれていた。

 もろ刃の刃だった金融工学に代わるべき「行動経済学」や「バイアスを感情に入れた経済学」や「経済物理学」も提案されてきた。けれども、またぞろネット社会が吐き出したビッグデータから確実な“読み”がほしくなっているらしい。リスクを少なくしたいからである。性懲りもない現象だ。

 哲学と科学にとって最も難解なテーマは「偶然」である。ふつう、哲学も科学も「必然」を求めて、まことしやかな結論をふりかざす。「それはたまたまに起こったことです」「そりゃまぐれのおかげだね」などと言う学者なんて、相手にされるはずがない。しかし、自然と社会はいっぱいの「たまたま」と「まぐれ」に満ちたものなのだ。イアン・ハッキングが警告したように、すべての偶然を飼いならそうとしたとき、われわれは傲慢の座から墜落してしまうのだ。適当なリスクとオプションの中で、21世紀の人類は新たな学習に向かうべきなのだ。

 【KEY BOOK】「まぐれ」(ナシーム・ニコラス・タレブ著、望月衛訳/ダイヤモンド社、2100円)

 この本で目を洗われた者は多い。証券会社や投資家たちに、「運と実力を勘違いしている」と警告したからだ。その証拠も次々に上げた。タレブは、われわれが「不確実で複雑な社会」にいて、その予測不可能性とともに共存すればいいと言いたかったのだ。しかし本書があまりに知的すぎたので、次に『ブラック・スワン』を書いた。こちらは大ベストセラーになったが、すでに世の中の多くは統計学の一知半解の囚人になっていた。

 【KEY BOOK】「たまたま」(レナード・ムロディナウ著、田中三彦訳/ダイヤモンド社、2100円)

 酔っ払いの千鳥足には法則がないように見える。あまりにランダムだ。世の中の出来事にもランダムな現象は少なくない。それでも、ある程度の予測がたつのではないか。カーネマンとトヴァスキーがその秘密に挑戦した。本書はその意味するところを説いたものだ。本書を読んでいくと、「ありきたり」と「変わった」とのあいだには相関関係があるということに納得がいくだろう。「たまたま」とは継続現象がおこす必然的な変化なのである。

 【KEY BOOK】「偶然を飼いならす」(イアン・ハッキング著、石原英樹・重田園江訳/木鐸社、4725円)

 偶然や統計をめぐる本は眉唾ものが多いのだが、本書は説得力がある。まず「平均で見る」ことと「正常と異常で見る」ことが何を意味するのかが明かされる。ついで統計学が異例や異常を排除するためにナポレオン時代の統計官僚たちによって組み立てられたことが立証される。そのうえで、「偶然」を飼い馴らそうとするのは危険すぎることが警告される。『何が社会的に構成されるのか』も読みたい。

 【KEY BOOK】「偶然性と運命」(木田元著/岩波新書、756円、在庫なし)

 古来「偶然」や「たまたま」は得体の知れないものだった。また「運命」も正体がわからぬものだった。そこで哲学は「理性」によってこれをねじ伏せようとしたのだが、かえって逆に「超越者」「非合理」「狂気」を浮上させることになった。

こうした問題をバランスよく扱うにはかなりの力量が必要だが、本書はそこをうまく捌いている。とくに偶然と必然のあいだのヨーロッパ的な「自由」「個人」に対して、九鬼周造らの日本的な偶然の哲学を説くところに注目。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。80年代、編集工学を提唱。以降、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発プロジェクトをリードする一方、日本文化研究の第一人者として私塾を多数開催。おもな著書に『松岡正剛千夜千冊(全7巻)』ほか多数。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

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