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図書館には「共読」のための工夫がほしい 帝京大学の「黒板本棚」が先頭を切っている 松岡正剛

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図書館には「共読」のための工夫がほしい 帝京大学の「黒板本棚」が先頭を切っている 松岡正剛

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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 丸善の中にあった松岡正剛プロデュースの書店「松丸本舗」を見た中満恒子さんが、こういうものを図書館に入れたかったと言った。帝京大学の「MELIC」という大学図書館の担当さんだ。その元気に絆(ほだ)されて、ぼくはさっそく、編集工学研究所の櫛田理とデザイナーの美柑和俊と展示プロの東亨らとチームをつくり、ほどなくしてエントランススペースに、前代未聞の「黒板本棚」を組んだ。

 黒板本棚は棚の前後左右がすべて黒板仕様になっている。誰もが自由に書きこめるし、消しもできるし、チラシを貼ったりもできる。その棚にある本の説明メモや感想を付けることもできる。黒板には人だかりもできる。これは図書館の本をもっと動かしたい、本と人を出会わせたい、みんなが「共読」を楽しむようにしたいという意図でつくったものだった。

 図書館というもの、どうも沈黙しすぎている。いや、むろん静粛であることはそれでいいのだが、心が騒いでくれなくなっているのだ。往時の図書館には、つねに威容と充実と熟慮のようなものがそこかしこに漲(みなぎ)っていて、館内に入ったときの厳粛な気分、黴(かび)香る書籍の重列を巡ること、数冊を閲覧の机上に置くこと、その未知の知に自分が誘因されて冒されていくことが維持されていた。そこにはそれなりの沈黙も静粛も必要だった。

 しかしいま、多くの情報と知識は、ヴィジュアルな仕掛けととともに、ウェブネットワークの中でも自在にブラウジングできるようになった。アマゾンなどで本を買うユーザーもふえてきた。そのぶん、従来の図書館は古臭く、気取りすぎていて、鈍重なものに見えてしまうようになったのだ。このままでいいわけではあるまい。

 では、どうすればいいか。もっと本が恋しくなり、もっと本と親しめて、もっと本について語りあう気持ちが触発されるべきなのだ。それには、図書館は「共読」の感覚を広めるようにしたほうがいい。ぼくは、そう確信している。

 そもそも読書とは著者との一対一の共読行為である。それはむろんこれからもずっと続くことであるのだが、それだけでは足りない。本や読書を媒介にさまざまなコミュニケーションがおこり、大小のブックコモンズができていくべきだ。帝京大学の黒板本棚はその先取りの第一歩だった。

 本を孤立させるべきではない。読者は連帯を求めている。図書館は賑わいを待っている。

 【KEY BOOK】「ヨーロッパの歴史的図書館」(ヴィンフリート・レーシュブルク著、宮原啓子・山本三代子訳/国文社、4200円)

 図書館の本質を知るには、まず古代アレクサンドリアの図書館の構成を見るべきで、ついでは本書によって、中世このかたヨーロッパの図書館がいかに荘厳で、いかに建物と書棚と書物とを組み合わせてきたのか、その絶妙を知るべきだ。ぼくは海外に行けば必ず古い図書館を訪れてきた。これに較べると、現代の建築家がつくった図書館はほぼつまらない。空間的文脈がない。それが書物の配列にまで及んでいない。残念だ。

 【KEY BOOK】「図書館:愛書家の楽園」(アルベルト・マングェル著、野中邦子訳/白水社、3570円)

 現状の最大の読書家マングェルが、愛情切々と説いた圧倒的図書館論。図書館には神話と物語が、秩序と権力が、偶然と陰影が、脳髄と神経があるということを、ここまで説得力をもって解読した本はない。図書館についての本はどれもこれも整理と検索と利用のためのマニュアルのようなものばかりで退屈きわまりないのたが、理由は本を読んでいない連中が書いているからなのだ。本書で積年の鬱憤をはらすことを勧めたい。

 【KEY BOOK】「図書館に訊け!」(井上真琴著/ちくま新書、840円)

 図書館学や図書館員が書いた本はつまらないのが相場だが、なかで本書は図書館がゴーマンな理由をちゃんとあげているとともに、日本の図書館モデルの原型を緒方洪庵の適塾の「ヅーフハルマの部屋」において、どうしたら図書館が活力に満ちてくるかを述べていた。それでも本書には、本を文脈的に引き出してくるためのレファランス技能が語られていない。ぼくが大好きなヴァールブルク図書館の構想と構造についても、通りいっぺんにしかなっていない。残念だ。

 【KEY BOOK】「触発する図書館」(大串夏身・鳴海雅人・高野洋平・高木万貴子著/青弓社、2100円)

 ユビキタスなネット社会に対応しつつも、互いの知識が創発しあうような触発的図書館をどうつくればいいのか。この難問に某図書館長と設計事務所が協力してプレゼンテーションをした一冊だ。主旨も、アプローチの視点も悪くないのだが、ただし内容があまりに薄かった。ヴィジュアルイメージにも乏しかった。このように、図書館を変革するのはけっこう難しい。だから、よほどに思い切った切り口をもつ必要がある。ぜひとも共読空間に向かってほしい。

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。80年代、編集工学を提唱。以降、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発プロジェクトをリードする一方、日本文化研究の第一人者として私塾を多数開催。おもな著書に『松岡正剛千夜千冊(全7巻)』ほか多数。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

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