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青山二郎の目利き文章が日本力を鍛える この「ジィちゃん」が白洲正子を育てた 松岡正剛

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青山二郎の目利き文章が日本力を鍛える この「ジィちゃん」が白洲正子を育てた 松岡正剛

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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 骨董なんてわかってしまったらもう持っている必要なんかない。焼き物は見るものでなく観じるものだ。ヴァレリーが井戸茶碗を見ていたらヨーロッパも変わっていただろうね。俺は日本の文化を生きているんだ。これが青山二郎なのである。

 青山が一貫して見抜いていたことは、「作家は美を作っていない、美はこれを見た者が発見する」ということと、「日本とはいったい何なのか」ということだった。この青山の強靱な眼力に、小林秀雄・大岡昇平が屈服し、北大路魯山人・勅使河原蒼風が対峙し、白洲正子・河上徹太郎が叱られた。世に「青山学院」の授業という。

 ぼくは青山二郎に出会えていないので、その授業を文章から憶測するしかないのだが、読めば読むほど、意地悪いほどの美の狂暴ともいうべき「眼」を感じてきた。なにしろ「美は見、魂は聞き、不徳は語る」と言ってのける男なのだ。これがもう少し青山学院ふうになると、たとえば「眼に見える言葉が書ならば、手に抱ける言葉が茶碗なのである」というとんでもない悶絶にまで至る。

 青山は明治34(1901)年に麻布の成金の父のもとに生まれた。14歳頃から骨董に興味をもって、日大法学科に入ったものの大学そっちのけで奥田誠一の陶磁器研究会に通ったり、中川一政の画室に入りびたりして、すでにいっぱしの骨董を買い付けていた。

 20代は小林秀雄・柳宗悦・浜田庄司らと交流しながら女と遊ぶ一方、若くして中国陶磁の図録編集に没頭した。他方、野村八重と結婚ののち離婚して、29歳で地唄舞の武原はんと一緒になった。そこから先は目利き三昧・音三昧・味三昧で、まあ何にでも凝った。レコード収集も破格で、モーツァルトを小林に教えたのは青山だったのである。

 さてところで、青山が一番手掛けた仕事は何だったかというと、装丁だった。昭和初期中期の文壇の主要な作家たちの本はたいてい青山が手掛けた。文字も図案も手作りで、いずれにも青山調の香りが匂いたっている。別冊太陽「青山二郎の眼」にだいたいが紹介されている。ただ、ぼくは青山の装丁はあまりに趣味が線描濃淡にあらわれすぎていて、感心しない。骨董をめぐる目利き文のほうが、ずっといい。

 こういう青山のことを、白洲正子はずっと「ジィちゃん」と呼んでいた。さすがに白洲はこの異能者のクセとアジを読みとっていて、『いまなぜ青山二郎か』(新潮社)にその一部始終を綴ってくれた。必読だろう。必読だが、それで青山二郎がわかったなどとは思わないほうがいい。

 青山は鉄斎のような酔狂な画人が大好きだった。とくに贋作がやたらに多い鉄斎を見ては、ほくそ笑んでいた。もともと書画骨董は贋作だらけだが、そこを覗き込んでいるうちに「眼の哲学」もできあがるからだ。

 【KEY BOOK】「眼の引越」(青山二郎著/中公文庫、1300円、在庫なし)

 初めて青山二郎を読む者は、本書のなかの「富岡鉄斎」「小林秀雄」「バッハの音楽」を読みくらべるといい。青山が何に慎重になり、何に対して大胆不敵になり、何から学ぼうとしているかがわかる。本書の解説はぼくが書いている。青山二郎は「もとをとる」とは何かを見抜いた男だったということを解説した。どういうふうにもとをとったのか。青山は自分ではたいたものを、自分の眼に戻してもとをとったのだ。これが「眼の引越」という意味である。

 【KEY BOOK】「骨董鑑定眼」(青山二郎著/角川春樹事務所、1050円、在庫なし)

 日本人なら一度はちょっとした書画骨董の一つ二つを手に入れて自慢したくもなるだろうが、青山二郎を読むと、これはケガするほどの大勝負だということが伝わってきて、とても手が出なくなる。本書では、富本憲吉とバーナード・リーチと北大路魯山人と加藤唐九郎の「ゆれ」と「傾き」を扱って、きわどい文句を付けている。ピカソの陶器については、「才能の出鱈目」と「笑うべき無謀」とを区別した。恐るべき文章だ。

 【KEY BOOK】「眼の哲学/利休伝ノート」(青山二郎著/講談社文芸文庫、987円)

 ぼくが最初に読んだのが『眼の哲学』で、のちにギョッとさせられたのが『利休伝ノート』だった。とくに「珠光はスタンダールだが、利休はトルストイだ」という見方に腰が抜けそうになった。しかし本書の「上州の賭場」と「博徒風景」は青山二郎の隠れた感覚を暴くにはもってこいである。「未練」と「思い切り」の案配をどうするか、このことが書いてある。つまりは自分で賭けに出てみなければ、何も得られないのだ。

 【KEY BOOK】「青山二郎全文集(上下)」(青山二郎著/ちくま学芸文庫、1470円、1575円)

 この2冊で青山の全貌がわかる。むさぼり読むべきだ。きっと諸君がいままで感じられなかったことが手に入る。すぐに買いなさい。ほかの重要参考文献は次の通り。白洲正子の『遊鬼』と『なぜいま青山二郎なのか』(新潮文庫)。小林秀雄と青山のカンケーに詳しい野々上慶一『高級な友情』(講談社文芸文庫)と永原孝道の『死の骨董』(以文叢書)。入門なら『青山二郎の眼』(別冊太陽)、『天才 青山二郎の眼力』(とんぼの本)。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。80年代、編集工学を提唱。以降、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発プロジェクトをリードする一方、日本文化研究の第一人者として私塾を多数開催。おもな著書に『松岡正剛千夜千冊(全7巻)』ほか多数。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

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