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いまこそ「2つのJ」の思想を掲げたい 内村鑑三の独創的な日本的キリスト教 松岡正剛

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いまこそ「2つのJ」の思想を掲げたい 内村鑑三の独創的な日本的キリスト教 松岡正剛

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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 鑑三という名は「三度にわたって自分を顧みる」という意味をこめて、高崎藩士の父が付けた象徴的な名前だった。幼年期は儒学を学んだ。明治6(1873)年に単身上京して有馬英語学校に入り、新渡戸稲造・宮部金吾と同級になり、この2人とともに札幌農学校に向かった。立行社を結成し、卒業時には「2つのJ」に我が身を捧げきることを誓いあった。Jesus(ジーザス=イエス)とJapanという2つのJだ。

 明治17(1884)年、私費でサンフランシスコに渡った。アマースト大学やハートフォード神学校に学んだのだが、当時のアメリカ人たちの名誉先取り主義・拝金主義・人種差別などをかかえもったキリスト教観に疑問をもち、帰国後はしだいに「社会改良活動」「無教会主義」「日本的キリスト教」の確立に勤(いそ)しむようになった。これが1つ目の「鑑」だった。

 日本が日清・日露の対外戦争をするようになると、鑑三は「万朝報」の記者になってキリスト教と社会主義を結びつける強力な非戦論を主張した。けれども明治末期には社会主義を離れ、「柏会」をおこし、「聖書之研究」誌を創刊して、独自のキリスト者教育に乗り出していった。この2つ目の「鑑」から矢内原伊作や有島武郎や南原繁らが輩出した。

 大正時代になると、鑑三は愛娘ルツ子を失った悲しみを克服すべく、再臨運動の展開に向かう。キリストの再臨を待望する運動だ。福音派を中心に日本のプロテスタントが超教的に加わっていった再臨運動だったが、自分の後継者と期待していた有島武郎が心中事件をおこすなどの現実を目の当たりにして、鑑三はふたたび聖書に回帰した。かくて、ここからが昭和の鑑三の3つ目の「鑑」になる。伝道の本質にひたむきになったのである。

 ぼくが鑑三を最初に読んだのは『後世への最大遺物/デンマルク国の話』だった。そこに、キリスト教を身に付けるにはジョン・ロックの「ヒューマン・アンダースタンディング」を読むべきで、それが世界理解のために必要なんだ、それはそのまま二宮尊徳の思想と同じなんだと書いてあって、びっくりした。

 ついで『代表的日本人』を読んで、さらに腰を抜かした。ここには日蓮、中江藤樹、二宮尊徳、上杉鷹山、西郷隆盛こそが日本のキリスト者だと書いてある。『キリスト伝研究』には「伊藤仁斎、中江藤樹、本居宣長、平田篤胤は日本に於ていくぶんにてもバブテスマのヨハネの役目を務めた者である」ともあった。うーん、なんという独創的な発想の持ち主なんだと驚嘆したまま、ぼくはほぼ30年をかけて「内村鑑三全集」全40巻を本棚に並べていった。

 鑑三が生涯にわたって捨てなかった信条は「2つのJ」である。普遍的なキリスト者であることと日本人であることを重ねたい。鑑三はこのことをいっときも忘れない。晩年に、アメリカで成立した排日法に心を痛めその反対活動に精力を注いだのも、野口雨情や大塚久雄に「棄てないこと」を説き続けたのも、「2つのJ」ゆえである。昭和5(1930)年、柏木の聖書講堂で「パウロの武士道」を講じたのが人前に出た最後になった。「パウロの武士道」こそ、今日の日本が世界に語れるメッセージなのである。

 【KEY BOOK】「代表的日本人」(内村鑑三著、鈴木範久訳/岩波文庫、630円)

 この本を読んでいない日本人はモグリです。岡倉天心『茶の本』、新渡戸稲造『武士道』とともに20世紀を予告するかのように英文で出版されたゼッタイ3冊のひとつです。日蓮・中江藤樹・二宮尊徳・上杉鷹山・西郷隆盛には真のキリスト者の精神力と行動力と同等のものが躍如していたというメッセージです。この本の中身を知らずに、いくらエラそうなことを言っても、ぼくはまったく信用しません。

 【KEY BOOK】「内村鑑三所感集」(内村鑑三著、鈴木俊朗編/岩波文庫、735円、在庫無し)

 鑑三の主筆誌は「聖書之研究」です。本書はその巻頭の「所感」をずらり並べたもので、いわば鑑三の天声人語です。独特の激越な文体の調子が魅力です。とくに「棄民」についての文章が胸を打ちます。鑑三は「棄てられた子」「棄てられた民」「棄てられた国」に、生涯にわたって胸を傷め、心を致していたのです。野口雨情や竹久夢二も貪り読みました。

 【KEY BOOK】「内村鑑三の生涯・日本的キリスト教の創造」(小原信著/PHP文庫、914円、在庫無し)

 鑑三評伝のなかで最もよく読まれている本。なぜ鑑三がジャパニーズ・クリスチャニティの確立に至ったのか、その思索と行動の軌跡を克明に追っています。 鑑三には大学総長から童謡作詞家まで、経済学者から商店主まで、たくさんの私淑者たちがいました。本書にはそうした者たちが続々登場します。おそらく今日の日本の宗教者には、これほどの影響力をもった者はいないでしょう。

 【KEY BOOK】「日本と西洋における内村鑑三」(アグネシカ・コズィラ著/教文館、1890円)

 コズィラさんは大阪市立大学で修士論文「内村鑑三の二つのJについて」を提出したポーランド人です。三宅雪嶺や黒澤明を通して日本を研究しているうちに、鑑三にふれてその思想と行動にのめりこみ、この論文を日本語で書きました。鑑三のグローバル研究はまだ途上についたばかりですが、本書はその突破口を開きました。本格的な宗教論から鑑三のキリスト教観を評価しています。

 【KEY BOOK】「内村鑑三をよむ」(若松英輔著/岩波ブックレット、525円)

 最近の若松英輔の著作はすばらしいものばかりです。3・11以降の『魂にふれる』が大きな反響を呼びましたが、内村鑑三と井筒俊彦についての論考は、この著者ならではの思索が織り込まれて、必読です。 本書は、鑑三がいっさいの予備知識を求めることなく、万人に向かって日本的キリスト教の心を説き続けられたのはなぜかという“方法の魂”に注目しています。鑑三入門書としてもお薦めできます。

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。80年代、編集工学を提唱。以降、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発プロジェクトをリードする一方、日本文化研究の第一人者として私塾を多数開催。おもな著書に『松岡正剛千夜千冊(全7巻)』ほか多数。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

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