ところで、仏組は出国~帰国・解団式まで1年10カ月間、露組は同じく1年7カ月、英国組も1年3カ月と、独身者もいたろうが長期にわたる過酷な単身赴任が続いた。戦時の救護(日赤)看護婦召集には、乳飲み子を抱えるといった家庭の事情にかかわらず、原則20年の長期にわたり応召義務が課せられていたためであった(後15→12年に短縮)。しかし、御国の名誉に挺身する使命感と職業意識が占めた部分が格段に大きい。
日清戦争当時は「卑しい看護婦が名誉有る帝國軍人の世話をするのか」と非難が聞かれたが、北清事変→日露戦争での評価が欧露派遣につながる。その欧露派遣は「看護婦さん」が女子の憧れになってゆく過程を加速した。女性の憧れる職場環境を、安倍政権が創造できるか-。女性の側にも、強烈な使命感や職業意識がなければ達成はおぼつかない。(政治部専門委員 野口裕之/SANKEI EXPRESS)