連日報道される被災状況を見ながら、東日本大震災を連想した人は少なくないと思う。私は、東日本大震災発生から3日目に被災地へ向かった。がれきの山が広がり、自衛隊が捜索救助のためにがれきを動かす音だけが響き、町内の体育館には、多くの方々が避難されていた。あの時の喪失感は一生忘れることはできないだろう。
台風発生から約4カ月後の今年3月、状況把握と今後の活動方針の調整のため、初めて現地を訪問した。WVの事務所のあるタクロバン市ではがれきが片づけられ、ライフラインも復旧しつつあった。支援地域でも、人々は廃材で作った家で生活し、子供たちは校庭に設置されたテントで授業を受けていた。そして、皆よく笑う。フィリピンの人々のたくましさを実感した。一体どんな言葉をかければいいかと悩んでいた私にとって、彼らの笑顔と明るさは救いだった。
≪負けそうになるときに寄り添う≫
あれほどの災害を経験し、今も厳しい環境の中で暮らしているのに、どうしてこんなに明るくいられるのだろう。この強さの秘密は何だろう? 国民性の違いかもしれない。元々の経済規模や生活水準をふまえると、台風による損失によって生まれたギャップが東日本大震災のそれに比較すると小さい、ということもある。でも、いま一つ納得できなかった。