専門誌ではゲームプログラムの紹介が人気となり、ユーザーは写経のごとく打ち込んでいくうちにBASICなどのプログラム言語を理解していったものだが、日本では「理系の人たち」だけの世界だったといえなくもない。昭和54年、代表的なパソコンだったNEC「PC8001」の定価は16万8千円で、大卒の初任給は10万9500円。子供が容易く買えるものではなかった。
ブラックボックス
総務省の調べでは、パソコンの世帯普及率は75・8%。スマートフォンは同49・5%(いずれも平成24年末)。パソコンは身近な存在となったが、一般には身近どころか「ブラックボックスと化している」との指摘は少なくない。
小中学校の「パソコンの授業」で習うことは、編集ソフトを使った学級新聞の作り方や、表計算ソフト、メールソフトの使い方などだ。また子供用のコンピューター学習玩具として一般的なのは、タブレット端末を赤や黄色のプラスチックで装飾したもの。これらは液晶のタッチパネルの使い方を学べるし、内蔵ソフトで漢字を覚えたり、算数を学ぶこともできる。だが、コンピューターの仕組みを学ぶこととは縁がない。