学食のテーブルで宮本がふと顔を上げると、文化ファッション大学院大学を経営する文化学園理事長の大沼淳が目の前に立っていた。
「宮本さん、いくらで売るの?」。大沼は、土地の売却話を聞きつけていたのだ。宮本が正直に答えると、大沼はきっぱりと言った。「そんな金額で売っちゃだめだ。うちが買おう」
世界一の多重織技術と長年の蓄積を持つみやしんの工場がマンションになると耳にしたとき、大沼は「日本にとって大変な痛手だと思った」という。そして、みやしんを生まれ変わらせ「伝統技術を引き継ぐとともに、21世紀の新たなテキスタイル(布地)を生み出す研究拠点にしたい」と考えた。
突然の大沼の申し出に宮本は驚いたものの、強く心を動かされた。4代続いた織元の経営者として、技術やデータの蓄積を引き継ぐ使命がある-。売却話を進めながらも、宮本の心にはこのことがずっと引っかかっていたのだ。廃業ではなく、みやしんが研究所として生まれ変わることが決まった瞬間だった。