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民間に大量の個人情報 ベネッセ事件の本質 渡辺武達

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民間に大量の個人情報 ベネッセ事件の本質 渡辺武達

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データが持ち出されたとみられる、関連会社が入るビル(左)とベネッセコーポレーション東京本部(右奥の高層ビル)=2014年7月14日、東京都多摩市(小野淳一撮影)  【メディアと社会】

 教育産業大手ベネッセホールディングスの顧客情報流出は、データベースにアクセスできる外部業者のシステムエンジニア(SE)が情報を違法にコピーして名簿会社に売り込み、他企業がそれを自らのビジネスに利用したという、不正競争防止法違反事件としてとらえるだけでは、あまりにも問題が矮小(わいしょう)化されてしまう。

 それでは犯行の動機を明らかにできても、現在の情報化社会の持つ問題点の克服は難しく、類似の犯罪がこれからも続くと予測されるからである。大量の情報を簡単にコピーして盗み出し、それをインターネットでやり取りできる時代において、どんな情報が本来的に公開されるべきで、どんな情報は秘匿されるべきなのかという議論なくしてこの問題は解けないのだ。

 受験に始まり「使い回し」

 警視庁に逮捕された松崎正臣容疑者(39)は情報処理技術の専門家だそうだが、報道によれば、犯行理由が家庭内事情や個人の遊興費として100万円単位の借金があり、その穴埋めのために、2000万件を超える子供らの顧客情報を個人のスマートフォンに内蔵されているSDカードにダウンロードして持ち出し名簿業者に売却。業者から名簿を購入したが日本語ワープロソフト「一太郎」で有名なIT企業のジャストシステムなどがダイレクトメール送付に利用したという。

 容疑者が情報を盗んで売却し、それを必要とする企業が購入して利用したという単純な構図にみえるが、問題はこれほどけ大量の情報がいとも簡単に拡散する情報化社会の現実にある。その前段階として、これほど大量の個人情報が、いち民間企業に保有されていたという現実がさらに恐ろしい。

 なぜベネッセにそれが可能だったのかを明らかにすることが必要なのだ。筆者の教え子の元ゼミ生には中学、高校の教員がたくさんいる。彼らによれば、今の学校の現場では、入試関連の資料作りにベネッセのような大手全国模試実施業者との協力が必要だという。

 そのため、学校側は試験の成績結果のほか、さまざまな児童、生徒の情報を業者に提供しているという。もちろんそのことは教育委員会も承知しているし、受験校などの進路を決めるのに必要な全国的に成績を比較したデータの作成は、学校からの情報提供なしには不可能だという。

 そうして蓄積された児童・生徒の情報が5年後、10年後に、まずは受験に、さらに成長に応じて就職、結婚、出産に関する産業で使い回されるのである。にもかかわらず、メディアは、過去の同種事件に基づく報道に終始しているようにみえる。

 民主社会の進歩踏まえよ

 情報の取り扱いをめぐるニュースでは、7月14日に1972年の沖縄返還と米軍基地を巡る日本とアメリカの間の密約を外務省の公電によって暴いた元毎日新聞記者らが当該文書の開示を求めた訴訟で、最高裁は原告側請求を棄却した。

 米国は国立公文書館でそのコピーを公開し、その作成に携わった元外務省条約長までがそこに記されたイニシャル署名を真性だと認めているのに、日本の裁判所は「政府がその存在を認めないから」という理由で、開示を命令できないという。それでは、米国では開示されている民主主義の発展に必要な情報が日本では隠匿されてしまっているのである。

 いくら情報漏洩(ろうえい)を監視し、違反者に厳しい罰則を科したとしても、米中央情報局(CIA)の元職員、エドワード・スノーデン容疑者が、米情報当局による大量の個人情報収集活動を暴露した事件が示すように、告発者が自らの行為に社会的意義を感じた場合には処罰規定など意味をなさない。

 今、私たちにとって最も大事なことは、私たちの社会をより健全に保ち、民主社会の進歩を実現するためには、どのような情報が公開されるべきなのか、国家と国民の安全・安心を確保するには、どのような情報が必要なのかという全社会的議論だといえる。(同志社大学社会学部教授 渡辺武達(わたなべ・たけさと)/SANKEI EXPRESS) 

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