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テレビが果たす「癒やし」「共感」の役割 渡辺武達

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テレビが果たす「癒やし」「共感」の役割 渡辺武達

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 【メディアと社会】

 この年末年始、テレビを全局録画できる機器を利用して、できるだけの番組をチェックした。各局とも工夫を凝らしてはいたが、年末は一年の回顧・総集編的な番組、スポーツ、恒例の歌番組、再放映を含めたドキュメンタリーなど。年始も五輪の期待選手の紹介や「新年のごあいさつ」的座談会、晴れ着のお笑い番組、政治評論などと、例年通りであった。

 しかし、今回で64回を迎えたNHKの紅白歌合戦を見ていて、テレビ番組が単なる「暇つぶし」から、視聴者の「ヒーリング(癒やし)」や視聴者との「共感」を目指して進化を始めていると感じることができた。

 娯楽の域超えた紅白

 テレビが今、長期的低落にあるのは周知の通りだが、紅白歌合戦の平均視聴率は44%超(ビデオリサーチ調べ)と、2013年以来の高さを記録した。それは、人気のあった朝の連続ドラマ「あまちゃん」の関係者の総動員や北島三郎さんの「紅白卒業式」といった話題作りによるものだといわれている。実際、瞬間最高視聴率の50.7%は北島さんが「祭り」を歌い終わったときだった。NHKも北島さんを巨大な竜に乗せて登場させ、参加者全員に大トリの脇役を割り振るなどの演出をしていた。

 だが、こうした娯楽的な要素だけでなく、番組製作者と視聴者によるコラボレーション、さらには作り手の志の高さも感じられ、そこにこれからのテレビへの希望が見えた。

 筆者は、紅白が記憶の風化も指摘される東日本大震災をどう扱うかに注目していた。震災は地震や津波、原発事故による物理的、経済的損害だけではなく、被災地の住民に精神的な傷としてのトラウマを与えた。だから、「被災者に寄り添う」という呪文だけではどうにもならない。筆者も何回か三陸海岸沿いの被災地を訪れているがそのたびに暗澹(あんたん)たる気持ちになった。

 そんな中で、NHKは紅組司会者に大河ドラマ「八重の桜」で福島生まれのヒロイン新島八重(にいじま・やえ)を演じた綾瀬はるかさんを起用した。八重は独立した女性としての輝ける生き方を示すと同時に、その夫で同志社大学創立者の新島襄(じょう)を励まし続けた。

 紅白では、綾瀬さんが福島県大熊町から避難して暮らす子供たちと交流を続けた映像が流され、彼女は瞳から大粒の涙をこぼしながら、出場者たちと復興支援ソング「花は咲く」を歌った。その時、綾瀬さんを「メディア(媒介者)」として、会場や全国の視聴者と被災者の気持ちが確実につながり、紅白は単なる娯楽番組の域を超えた。それは法律で受信料を徴収できるNHKがまさにすべきことであり、期せずして綾瀬さんがその価値の大きさを教えてくくれた。今後のテレビ界にとっては、ジャンルや放送局の枠を超えて、その価値を共有し育てていけるかが大きな課題だ。

 トラウマの連鎖防止

 筆者はマスメディアの最大の役割について、著書『メディア学の現在』(世界思想社)の中で、「事実を社会的脈絡の中で位置づけて提示し、オーディエンス(視聴者・読者)の社会参加を助ける」ことと「災害防止、被害のアフターケア」の2つだと考えている。その他にも、仕事の疲れを癒し明日への活力を養う「社会福祉機能」などもある。その点でも、綾瀬さんは、テレビが果たすべき「共感」や「癒やし」といった役割がどんなものなのかを一瞬にして教えてくれた。

 「不安(fear)」や「恐怖(terror)」、「暴力(violence)」に対するメディアのヒーリング効果について研究したジーナ・ロスは、その著書『トラウマを超えて』(2003年発刊)で、トラウマが個人から集団のものになり、ひいてはそれが多くの紛争や戦争が続く原因になっていると指摘。その連鎖を防ぐためにメディアが果たすべき役割について提起した。

 このことは、現在の日中韓の緊張関係にもあてはまる。昨年(2013年)の紅白で、平和への思いを込めた「ふるさとの空の下に」を熱唱した美輪明宏さんが、「100人の政治家よりも偉大な文化人の交流のほうが世界平和に役立つ」と言っていた。現在のお茶の間向け番組の少なからずが、テレビの役割を軽視しているか、気づかずに視聴率の「高低」だけに「拘泥」しているが、その悪循環から脱することができれば、テレビは自力で復権できる。(同志社大学社会学部教授 渡辺武達(わたなべ・たけさと)/SANKEI EXPRESS

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