SankeiBiz for mobile

「美味しんぼ」問題から分かった3つの真実 渡辺武達

ニュースカテゴリ:EX CONTENTSの社会

「美味しんぼ」問題から分かった3つの真実 渡辺武達

更新

書店に並ぶ、漫画「美味しんぼ」が掲載された「週刊ビッグコミックスピリッツ」5月19日発売号=2014年5月19日、東京都内(共同)  【メディアと社会】

 東京電力福島第1原発を訪問した後に主人公が鼻血を出すなどの姿を描いた小学館の「週刊ビッグコミックスピリッツ」に連載されている漫画「美味(おい)しんぼ」(作・雁屋哲(かりや・てつ)、画・花咲(はなさき)アキラ)をめぐり、政府の官房長官や政権政党の幹事長が記者会見で、「言論の自由の大切さはよく理解しているが、真実でない表現でいたずらに不安をあおるのはよくない…」などと批判して問題になった。小学館は、5月19日発売号で、一連の問題に対する見解をまとめた。

 何が本当なのか

 この漫画は、新聞記者の主人公と、その父である料理研究家との親子の葛藤を絡ませて、「食」をテーマとし、絶大な人気を誇り、これまで全110巻が発刊され、計1億2000万部を売り上げた大ベストセラーである。

 4月28日発売号の「福島の真実」編で、主人公が鼻血を流すシーンが描かれたほか、実名で登場した福島県双葉町の前町長が「福島には住んではいけません」などと発言。政府関係者だけでなく、福島県知事ら首長が猛烈に反発し、原子力学者やメディア、住民を巻き込んだ論争となっている。

 もし、描かれた健康被害が真実であれば、それを認めて対策を取らねばならないし、真実でないなら、「プロパガンダ(一方的宣伝による情報操作)」として批判しなければならない。問題は、何が本当なのかということと、私たちはどうしたらいいのか、そして、メディア報道はどうあるべきかということである。

 東日本大震災は地震と津波、原発事故の複合災害であった。なかでも原発事故は現在まで、誰も肝心の事故の核心である原子炉内部を見たものがいない。まさに隔靴掻痒(かっかそうよう)で、政府と東電、住民の間で、意見の不一致が著しい。

 筆者は先週、福島県南相馬市から岩手県大槌町まで250キロを車で走り、現場を見て住民にインタビューをしてきたが、原発事故は最もやっかいな問題であった。

 たとえば、福島との県境にある人口1万人超の宮城県山元町では毎月数十名の人口減少が続き、地元の緊急災害FM「りんごラジオ」(高橋厚代表)では、毎朝の放送を地域の人口動態の報告から始めている。

 住民の間では、人口減少を止めるには、原発事故の影響で不通区間のあるJR常磐線の完全復旧しかないという声が多い。しかし、他の地域なら資材と労働力と金が工面できれば、鉄道網を含め、復興は可能だ。しかし、この常磐線だけは違う。原発事故地域を通らねばならず、復旧のメドすらたっていない。

 こうした状況のなかで、「美味しんぼ」の福島原発健康被害をめぐる錯綜(さくそう)が起きた。政府と自治体の責任者の多くは「美味しんぼ」の記述を否定し、学者にも否定意見が多いが、反原発運動関係者や一部学者には、鼻血と原発事故の関連は否定できないとする意見もあり、肝心の住民は不安感にさいなまれている。

 だが、なぜこれほどまでに「美味しんぼ」が問題にされるのか。それはこれまで原発事故に関心を寄せなかった人々にも、人気漫画が問題を突きつけたからである。たとえば、同じ4月に発刊された漫画に「いちえふ」(竜田一人(たつた・かずと)作、講談社)がある。その宣伝帯には、「福島第一原発作業員が描く原発ルポ、これは〈フクシマの真実〉を暴く漫画ではない。これが彼がその目で見てきた〈福島の現実〉」とある。漫画では生活に困り、金になる原発清掃作業に従事した作者の体験が克明に描かれている。

 「美味しんぼ」問題がわれわれに教えてくれたことは、「真実」には複数あるということだ。「物理的」な真実と、「政治的」な真実である。私たちはその両者の真実の間で適切な対応を迫られている。さらにいえば、これからどうすればよいかという立場からの報道を心がける「ジャーナリズム的」な真実こそが、現在の情報化社会では求められているということであろう。(同志社大学社会学部教授 渡辺武達(わたなべ・たけさと)/SANKEI EXPRESS

ランキング