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【花緑の「世界はまるで落語」】(24) 軌跡、鬼籍、奇跡
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ほら、見てください!_コーンスープの満面の笑み。立川文都兄さんの高座は、客席がこんな笑顔であふれていたなあ…(柳家花緑さん撮影) 今日の写真はコーンポタージュスープです。おいしかったです。以上!
…いやいや、スープの感想をお伝えしたいんじゃなくて、ご覧いただくとお分かりになると思うんですが、笑ってますよね? コーンスープが! 意図的じゃないんですよ、これ偶然ですから。
カフェオレに絵を描くのはおなじみですが、スープはあまり聞かない。クルトンがちゃんと目と鼻になってます。しかも色の濃いクルトンがちょうど、両目にあたり、鼻は肌色のクルトンという奇跡。そしてまわりにクリームが垂らしてあって、これがニコ~っと笑った口に見え、上にはまゆ毛がちゃんと2つあり、左横にもみあげのような髪の毛まである。そして僕がiPadで撮影したときの光の反射で口から舌が飛び出しているように見える。あたかも「このスープおいしいよ!」と僕にほほえみかけているように見えます。ビックリして思わず写真を撮った次第です。
埼玉県鴻巣市(こうのすし)にある「メイキッス」という洋食屋さん。もう20年以上このレストランの2階で鴻巣寄席と題した落語会が2カ月に1度、行われています。141回目を数えた先月、上方の桂春雨(かつらはるさめ)師匠との二人会。いつものように落語会開演前に出演者がディナーをごちそうになるのがうれしい決まりで、春雨師匠、僕と弟子2人の計4人でごちそうになったわけです。そして出てきたこのスープ。お断りしておきますが、私以外、ほかの皆さんのスープは全然こんなふうな顔になってないんですよ。これ本当に偶然ですから。20年以上2カ月に1度、必ずスープからディナーをいただいていて、初めてです。141分の1という確率になります。ハッキリ言って奇跡です。奇跡を飲んだ!と言いたいくらいです。
そしてここからは、僕が勝手にそう思い込んでいる話をいたします。あのスープの顔は誰なのか? または、誰によるイタズラなのか?
実は鴻巣寄席は、つい数年前まで三人会でした。私と春雨師匠ともう1人、立川文都(たてかわぶんと)師匠です。49歳という若さで、師匠である立川談志師匠よりも早くに亡くなった方です。しかもその兄さんの最後の高座がこの鴻巣寄席でした。
抗がん剤治療中で、お客さまにも高座で自分は末期がんだとカミングアウト。そうして臨んだ落語が「浮世根問(うきよねどい)」でした。この演目は前座噺といって、とても軽い噺ですが、大病をカミングアウトした後とは思えない爆笑にわいた高座でした。15年以上の付き合いで、文都兄さんのやる浮世根問は初めて聞いたので「へ~、こんな演目も兄さん演るんだ!」と思って聞いていたのです。
後日、このエピソードをご一門の立川談春師匠に伝えると「お前それ文都兄さんがうちの師匠(談志)から最初に教わったネタだぞ」。つまり文都兄さんはその日、もう自分はこれが人生最後の高座になる。後悔のないように、師匠・談志に教えてもらい、一番苦労して最初に覚えた自分の原点にあたる噺を演(や)ろう。そう決めて臨んだ高座だったのです。人生の集大成に自分の原点を持ってきた。僕はそのことを知って鳥肌が立ちました。文都兄さんのお母さまにうかがったら体調がどんどん悪くなって、他の落語会のほとんどはお断りしたけれど「鴻巣寄席だけは自分は出たいんだ!」。そう言っていたようなんです。思い入れと覚悟の一席だった。
だからこの写真のスープは、文都兄さんのイタズラ、あるいは兄さん自身があのスープに現れたのではないか? 僕にはそんなふうに思えたのです。ちょうどこのスープが現れたのは3月22日。お彼岸の時期と重なっていました。
文都兄さんがあの世から鴻巣寄席に自分の存在を伝えに来てくれたこと。一緒にその日の落語会を楽しんでくれていた感じが伝わってきて、僕はすごくうれしかった!
文都兄さん! またいつでもお越しくださいね!(落語家 柳家花緑、写真も/SANKEI EXPRESS)