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歌っているときが一番心地良く感じる 映画「ワン チャンス」 ポール・ポッツさんインタビュー
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何をやってもだめな、ぐずで、のろまないじめられっ子だ。あがり症のため、人前では自分の気持ちもうまく伝えられない。不惑を過ぎた元携帯電話ショップのアルバイト店員、英国のポール・ポッツ(43)は、ついこの間まで、人気漫画「ドラえもん」に登場するのび太を地でいく、実にうだつのあがらない男だった。だが、のび太にも拳銃の早撃ち、あやとり、3秒で昼寝-といった常人にはとても真似できない特技があるように、ポッツにも歌唱力という、ずぬけた才能があった。
周囲の後押しもあり、ポッツは2007年、英国の人気オーディション番組「ブリテンズ・ゴット・タレント」に出演。本番では、普段のあがり症が嘘のように「誰も寝てはならぬ」を朗々と歌い上げてみせた。その圧倒的な歌唱力は、ステージに姿を現したポッツを見て客が漏らしていた失笑をたちまちはね飛ばし、こうるさい審査員たちの度肝を抜き、ポッツは優勝を手にしたばかりか、一躍世界的なオペラ歌手となった。
そんなまるで夢のような実話を「プラダを着た悪魔」のデビッド・フランケル監督(54)の手で映画化したのが、「ワン チャンス」だ。プロモーションで10度目の来日をはたしたポッツはEXの取材に「自分の人生が映画になるなんて不思議な気持ちです。クレイジーな話といってもいい。だって、伝記映画はモデルとなった人物が死んでから作られるものでしょう」と苦笑いを浮かべた。
英国の片田舎にある携帯電話ショップでアルバイト生活を送るポッツ(ジェームズ・コーデン)には夢があった。「いつかオペラ歌手になる」。その思いを理解してくれる伴侶ジュルズ(アレクサンドラ・ローチ)にも恵まれたが、生来体が弱いポッツは、盲腸、甲状腺腫瘍、交通事故などで入退院を繰り返し、新婚早々家計は火の車に。いよいよ夢を完全に捨て去ろうとしたまさにそのとき、ポッツはインターネットでオーディション番組の出場者を募る広告を目にする。ジュルズに背中を押されて応募したポッツは「これがラストチャンス」と決意する。
作品の味付けをめぐっては、「話し合いに何度か参加して、自分の人生体験を話した程度」と振り返るポッツ。それだけに、昨年(2013年)6月、妻と大スクリーンで完成した映画を鑑賞した際には、さらに興奮させられたという。当然ながら話の筋は重々分かっている。しかし、思わず吹き出してしまうシーンが満載だった。要するに、自分がとてつもなく鈍くさい人物に描かれていたのだ。「上映中、妻に『僕はあんなに格好悪いかな。自分ではそうは思ってないんだけど』と耳打ちすると、妻は『格好悪いわよ』と言いましてね。そんなやりとりも随分としました」。ポッツは恥ずかしそうに語った。
作中、著名なオペラ歌手や大勢の観客を前にすると緊張のあまりうまく話せなくなってしまい、息をするのさえも苦しげなポッツの姿が度々織り交ぜられる。「僕は緊張すると、その場面とは何ら関係ない話をしてしまうんです」。
そうやってその場をごまかし、何とか乗り切ろうとして、かえって大きな失敗を招いてきた経験がそのまま描かれているそうだ。オペラ歌手となったポッツは今、あがり症とどう付き合っているのだろう。「今でもステージに上がると緊張しますよ。今では流れに任せるしかないと考えています。緊張するのは当たり前のことですから。でも、話すときよりも、歌っているときの方が楽ではあるんです」
実は、初めから積極的にオペラ歌手になろうと思っていたわけではなかった。「いじめられっ子だった僕にとって、歌うということは、自分の居場所を確保する、という意味合いがありました。だから、それを仕事にしてしまったら、安住の地であるべき場所を他人にさらけ出すことになるのではないかと心配で、躊躇していたんです」。だが今、ポッツは、プロの道を選んで正解だったと胸を張って言えるそうだ。「お客さんの前であっても、歌っているとき感じる居心地のよさはそのままで、仕事だとは感じられないんです。ラッキーでした」。3月21日、全国公開。(文:高橋天地(たかくに)/撮影:瀧誠四郎/SANKEI EXPRESS)
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