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書きながら物語の力、言葉の力に励まされた 「新釈 にっぽん昔話」作家 乃南アサさん

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書きながら物語の力、言葉の力に励まされた 「新釈 にっぽん昔話」作家 乃南アサさん

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誰もが親しんだ昔話を独自の解釈でよみがえらせた、作家の乃南(のなみ)アサさん=東京都千代田区(大山実撮影)  【本の話をしよう】

 ≪被災者につらい現実忘れてほしい≫

 鋭い心理描写で支持を得る直木賞作家、乃南(のなみ)アサさん(53)の新刊『新釈 にっぽん昔話』。タイトル通り、乃南流の解釈で誰もが一度は読んだあの昔話をよみがえらせた。かつて子供だった大人から、現役(?)の子供まで。読む者の胸をわくわくと躍らせてくれる。

 本書に収められているのは、6つの“昔話”。「さるとかに」(さるかに合戦)、「花咲かじじい」「一寸法師」「三枚のお札」「笠地蔵」「犬と猫とうろこ玉」…。ラインアップを見るだけで、懐かしさがこみ上げてくる。

 周りの人を想像しつつ

 ミステリー『凍える牙』などで知られる乃南さんと、昔話。一見意外な組み合わせだが、きっかけは東日本大震災だった。震災発生当日、仕事で偶然仙台市に滞在中だった。翌日、運良く東京まで帰り着くことができたが、心の中にはある種の「後ろめたさ」が膨らんでいったという。

 「あの恐怖や惨状の現場から『まんまと』逃げ出してきたという後ろめたさでした。でも、そのうち自分にできることをやるしかないと思うようになって…。そこでふと思いついたのが、『昔話』でした。昔話なら、小さい子からお年寄りまでみんなで読むことができます。しかも、あまり頭を使わずに、ラクーに読める。避難所や仮設住宅で暮らしている被災した方々が、一時でも目の前のつらい現実を忘れることができればと」

 こうして現代によみがえった“昔話”。巧みな人物造形が、読み手をハッとさせる。例えば「さるとかに」のサルは、流れ者という設定。イケメンではあるが、どこか酷薄さを漂わせる。「今でもいるタイプの男だよなあ…と書きながら自分でも思いました(笑)。『いるいるこういう人!』と身の回りの人間を想像しながら読んでいただければ」

 日本の奥深さ再確認

 昔話の登場人物たちが抱くねたみやそねみ、恨み。リアルな心理を描きながらも、全体的にはどこかユーモラス。その雰囲気を作り出しているのが、豊かなオノマトペだ。「しゃんがしゃんが」「ぽんからぽん、ぽてぽてぽん」「するりんするりん」。「オノマトペは全て自分で考えました。短い話を、どう膨らましていくか。そんな中でオノマトペをたくさん入れて、情景が目に浮かぶようにしました」

 東北などの方言も多用され、ゆったりとしたリズムを生む。「土臭い、体温のある言葉を使いたかった。オノマトペや方言を通じて、東北、そして日本の奥深さ、豊かさを改めて感じさせられました」

 サルやカニ、ウサギにヘビ、お地蔵様に鬼婆。種を超えて物語をつむいでいくキャラクターたち。「登場する生き物が多くて、鬼でもヘビでもなんでも出てくる。みんな一緒に生きている。それが、日本人が本来持っている生きとし生けるものへの愛情なのではないでしょうか。日本って、捨てたもんじゃないな、と思います」

 新たな引き出し増えた

 刊行は今年11月。読者からの反響に、物語の力を再認識させられているという。「知り合いに80歳ぐらいの女性がいます。その方は認知症を患われているのですが、ある日自宅の留守番電話に彼女からのメッセージが残されていました。『面白かったよ。もっと書いてね』って。それを聞いているうちに涙が出てきて…。小さい頃から読んでいる物語なので、今でも自然に読むことができるのだと思う。物語の中で、ひととき遊んでくださっているのです。物語の力に気づかされました。だてに長く語り継がれてないな、って」

 一つずつ、昔話を自分なりの物語へと生まれ変わらせていく。それは、自分自身の楽しみでもあるという。「震災後、自分自身も体調を崩しましたが、昔話を書きながら、どこかほっとしている自分がいました。私も、物語の力、言葉の力に励まされた一人です」

 ライフワークになれば

 実は、本書の中に自分自身が一番好きだという昔話は入っていない。「次のお楽しみにとってあるんです」とちゃめっ気たっぷりに笑う。「自分なりの昔話を見つけて、どんどんアレンジしていくのが面白い。まだまだ続けていきたい。ライフワーク? そうなるかもしれません。今確実に言えるのは、1つ自分自身の引き出しを増やせたということですね」(塩塚夢、写真も/SANKEI EXPRESS

 ■のなみ・あさ 1960年、東京都生まれ。早稲田大学中退後、広告代理店勤務などを経て、作家活動開始。88年『幸福な朝食』が日本推理サスペンス大賞優秀作に選ばれる。96年『凍える牙』で直木賞、2011年『地のはてから』で中央公論文芸賞受賞。『凍える牙』は2001年と10年、それぞれ天海祐希と木村佳乃主演でテレビドラマ化された。

「新釈 にっぽん昔話」(乃南アサ著/文芸春秋、1733円)

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