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閉ざされた家族の世界描きたかった 「櫛挽道守」作家 木内昇さん

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閉ざされた家族の世界描きたかった 「櫛挽道守」作家 木内昇さん

更新

 【本の話をしよう】

 ≪心理を甘く書きすぎないよう意識≫

 直木賞受賞から約3年。独自の時代小説に挑み続ける作家、木内昇(きうち・のぼり)さん(46)が、新作となる長編『櫛挽道守(くしひきちもり)』を上梓した。幕末の木曽を舞台に、櫛づくりに生涯をささげる一人の女性の道を、まっすぐにたどる。

 軋轢や息苦しさ

 木曽山中、薮原宿。中山道沿いの小さな宿場町で、一帯の名産品である「お六櫛(おろくぐし)」を作り続ける一家がいた。長女の登瀬は天才的な職人である父・吾助の仕事ぶりを見て育ち、女ながらに「いつかは自分も櫛を挽きたい」との思いを抱くようになっていた。ある夏、まだ12歳だった弟の直助が急逝するとともに、平穏な一家がきしみ始める-。

 「家族を描きたい、という思いが最初にありました。登瀬の一家は、山中の宿場町で、黙々と櫛を作り続ける。外に出て行くこともなく孤立していますが、ある意味ではとても純化した家族といえます。現代ではすぐに家族から離れることはできますが、当時はすごく家が閉ざされていた。そんな中の軋轢(あつれき)や息苦しさを描きたかった」

 特に大きな事件が起きるわけではない。生活に倦(う)んだ母・松枝に、外に出て行くことを熱望する妹・喜和。閉ざされた世界の中で生きるそれぞれの心理のうねりが、物語をすすめていく。

 初の女性主人公

 「現実の家族って、結構淡々としている。『愛している』って口に出したり、抱き合うなんてほとんどないんじゃないかな。特に昔はそうだったと思います」

 そんな中、登瀬は周囲の反対を押し切って、女ながらに男の世界である櫛づくりの道を歩き出す。幼なじみとの恋、仕事への情熱、結婚…。作品では、16歳から32歳までの登瀬の半生をたどる。

 これまでの作品では時代をたくましく駆け抜ける男たちを描いてきたが、女性を主人公にするのは、今作が初めて。「書きづらかったですね。動きも少ないですし…。意識したのは、心理を甘く書きすぎないように、ということ。何度も『甘すぎないよね?』と編集者に確認してました(笑)。個人的に、あんまりドラマチックな作品が好きではなくて…。全然関係ない所で、なぜかふっと泣けてしまう。そういうのが好きなんです。周りからは『もっと盛り上げてもいいんじゃない?』なんて言われるんですけど…」

 日本の職人はすごい

 まっすぐに、淡々と。抑えた筆致は、ストイックにものづくりに臨む登瀬や吾助の生き方にも通じる。「工芸って、自分との戦いです。仕事場という同じ空間にいるんだけれど、自分自身の肉体や考え方はどんどん進化していく。人に褒められたいとか、外部からの評価を求めてやるわけではない。自分自身の中に尺度があるわけです。特に、櫛なんて、代々受け継がれて…というものではなく、日常の中で使われ、消えていくものです。でも、それを当たり前のこととして、地味だけど、一つのことを妥協せずに続けていく。それが日本の職人さんのすごい所だと思います」

 物語だけあればいい

 ひたむきに自らと向かい合う“職人”の姿に、自身も力をもらったという。「足かけ4年かかった作品ですが、その途中で直木賞をいただいた。どうしても、賞をもらうと物語よりも作家自身が前面に出てしまう。すごくありがたいことなんだけれど、当時は『私のことはいいから、もうちょっと物語を読んでほしいな』というつらさがあった。そんな中で、登場人物たちのストイックさに、自分自身も書きながら励まされました」

 名前が出ることに興味はない、と言い切る。「読者にとって、作者のイメージが作品を読む上で邪魔になることもある。我欲を満たすために、作品を利用したくない。物語だけがあればいいんです」(文:塩塚夢/撮影:瀧誠四郎/SANKEI EXPRESS

 ■きうち・のぼり 1967年、東京都生まれ。出版社勤務、フリーランスのライター・編集者を経て、2004年に『新選組幕末の青嵐』で小説家デビュー。11年『漂砂のうたう』で直木賞を受賞。

「櫛挽道守(くしひきちもり)」(木内昇著/集英社、1680円)

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