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純文学とミステリーの融合です 「去年の冬、きみと別れ」作家 中村文則さん
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『掏摸〈すり〉』が米ウォールストリート・ジャーナルの2012年ベスト10小説に選ばれるなど、いま海外で注目を浴びる芥川賞作家、中村文則さん(36)。純文学の印象が強いが、新刊『去年の冬、きみと別れ』ではミステリーに挑戦した。今までの自分の枠にとどまることなく、その先にあるものを目指して走り続ける。
昔からドストエフスキーやカフカなど、海外文学に影響を受けてきた。それだけに、「海外での評価はうれしい」と語る。「米国に行ったときに、『こういった作品は読んだことがない』と言われたんです。合理主義の米国では、翻訳はお金がかかるため、よほどの独自性がないと出版されない。自分が書いてきたのは普遍的、本質的なこと。それは国内でも海外でも関係ない。今まで通りのものを突き詰めて、僕にしか書けないものを書いていこう、と改めて思いました」
すでにゲラの段階で英訳オファーが来たという今作は、ミステリー仕立て。「グイグイ読める大人のミステリーに仕上がっていると思います」
ライターの「僕」は、ノンフィクションを執筆するため、ある猟奇殺人事件の被告であるカメラマン、木原坂雄大に会いに行く。木原坂はモデルを務めていた2人の女性を焼死させていた。取材を進める「僕」だが、次第に事件の不可解さが浮かび上がっていく。
純文学作家としてのキャリアを築きながら、あえてミステリーに挑戦した。
「11年間も小説家をやっていると、ある程度のものは書けてしまう。だから、あえて毎回新しいハードルを自分に課しているんです。どんどんハードルをあげていってしまっていますが、今いるところに安住したくないし、書くことを惰性にしたくない。やっぱり、小説が好きなんですね。いい小説を書きたいし、いい小説を書けたら、そこが到達点です」
なぜ木原坂は事件を起こしたのか。そもそも、この事件は本当に「殺人」だったのか-。読み進めていくうち、ある時点で物語の見え方が反転する。
「中盤に置かれたある一言で、がらりと印象が変わる。そういう構造がもともと頭にあったんです。ノートにいろいろと設計図を書いて、きっちりと構造を作り込んでから書き始めました」
緻密な計算で読み手を翻弄する一方、人間の本質もじわりとあぶり出す。
「人って、自分のことをこういう人間だと知らず知らずのうちに規定して生きている。でも、自分でも気づいていない欲望に引きずられてしまうことがある。そういったことをミステリーの構図を使って描きました。いわば、純文学とミステリーの融合です」
木原坂をカメラマンにすることは、当初から決めていたという。「レンズを通して世界と向きあい、本来なら切り取ってはいけないものを切り取ってしまう職業だから。撮る者も撮られる者も、写真を通して気づいてはいけないものに気づかされる」
蠱惑(こわく)的な魅力を放つ木原坂の姉や、大切な人を亡くした人のため人形を作り続ける男…。独特のたたずまいを持つ登場人物たちが織りなす物語は、狂気をはらみながらも美しい。「グロテスクなものをグロテスクに書くのは当たり前。淡々と書くからこそ、怖い」
ミステリーでも純文学でもあるし、そのどちらでもない。既存のカテゴリーにはまらない作品だが、それは自身のあり方にも通じる。「人間の面白さって、『枠を超える』ことにあると思うんです。この作品もそうですが、僕は大多数の人が普通にうなずけるものは書いていない。読み終わって『こういう世界もあるんだな』と思ってもらえればいい。自分では気づかなかったものに気づくことが、小説の醍醐味だと思っていますから。小説は『共感』だけが必須ではない。共感のその先にあるものを書いていきたいですね」(文:塩塚夢/撮影:瀧誠四郎/SANKEI EXPRESS)