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ハチは日本で一番人を殺している生物 「雀蜂」作家 貴志祐介さんインタビュー
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映画化された『黒い家』『悪の教典』など、読み手の予想を超える作品を放ち続けるホラーサスペンスノベルの名手、貴志祐介さん(54)。10月25日に発売されたばかりの書き下ろし新作『雀蜂』では、雪に閉ざされた山荘を舞台に、1人の男とハチの壮絶な戦いを、ノンストップで書ききった。
主人公はミステリー作家の安斎。ある日、山荘で目覚めた安斎は一匹のスズメバチを発見する。たかが虫とあなどるなかれ。実は、安斎は昔ハチに刺されたことがあり、もう一度刺されると激しいショック症状が起こり、命の保証がないのだ。
だが、直前まで一緒にいたはずの妻で絵本作家の夢子の姿はない。おまけに、通信手段も何者かによって破壊されていた。外は吹雪。安斎に残された道は一つ。たった1人で、獰猛(どうもう)なスズメバチと戦うこと-。
これまでの作品では、たくさんの登場人物で重厚かつ複雑な世界観を作り上げてきた。だが、今回の作品はいたってシンプル。
「登場人物が極限まで少ない小説を書きたかった。そうなると向いているのは動物パニックものになりますが、ヒグマとかだといかにもでしょう。ハチというちっぽけな虫に、人間がおびえて逃げ惑うのが面白いかなと」
その根源にあるのは、ミステリーファンとしての思いだ。「僕の作品はどんどん厚くなってきちゃって、読者にしたら買うのに決心がいるでしょう(笑)。普段読書経験の少ない人は、威圧的に感じてしまうかもしれない。なので、今回は誰でも手軽に読んでもらえるようにと、東京-新大阪間の新幹線で読み切れるような厚さと価格にしてあります。大事なのは、自分が読みたいものを書くということ。読者の視点を忘れた作家は、生き残ることはできません」
安斎を追い詰めることになるスズメバチ。実は人類にとってはかなりの難敵だ。「日本で一番人を殺している生物なんじゃないかなあ。年間20~30人ぐらいがスズメバチによって命を落としているんですが、その事実はあまり知られていない。もっと警鐘を鳴らさなければ、という気持ちもありました」
スズメバチをめぐっては、忘れられない思い出がある。「子供のときですが、道の向こうからオオスズメバチがやってきた。普通のハチは人間を避けるんですが、オオスズメバチはまっすぐこっちに向かってくる。まるでヤクザのチンピラが因縁つけてくるみたいにね(笑)。あの攻撃性の強さは衝撃的でした」
そんな“最強生物”に対して、安斎は身の回りにある道具を使い、知力の限りを尽くして戦う。「本能vs.知力の戦いが、読み手としても一番面白いですよね。パニックものはたくさんあるけれど、キャーキャー逃げるだけでは退屈です。人間というのは、考える生き物。一生懸命考えることこそが、ミステリーの楽しみだと思います」
1匹倒しても、次から次に襲いかかるスズメバチ。シンプルながら予想がつかない展開は一気読み必至だ。「作家にとっては、一気読みしてもらうのが一番うれしい。短い時間で一気に読んでもらうと、細かい点まで心に残るんです」
ハチとの戦いだけでなく、二重三重に張り巡らされた謎もまた、愉しい。「実はこれ、一回書いた後にもう一回書き直しているんです。最初はシンプルな構成だったんですが、なんとなく違和感があった。他人の小説のようにもう一回読み直してみて、表面のストーリーの裏に隠されていた謎に気づいたんです。ネタバレなので詳しいことは言えませんが、読み終わったあと、もう一回読んでほしい。『ああ、そうだったんだ』とふに落ちるような仕掛けを、いろんな所にしのばせていますから」。ちゃめっ気たっぷりに笑う表情は、一人のミステリーファンそのものだった。
≪考える楽しみに満ちている一冊≫
貴志さんが「考える楽しみに満ちている」と話すのが、『エルマーのぼうけん』シリーズ。1951年にアメリカで誕生した幼年童話の名作だ。主人公の少年、エルマーは子供の竜を助け出すため、ある島に乗り込むが…。「電球だったり、ゴムだったり、『こんなもの何に使うんだろう』というような道具が、思いがけない場面で役に立つ。一見のどかだけれど、すごく緻密に書かれているんです」とうなる。全3作、各1260円。福音館書店。(文:塩塚夢/撮影:瀧誠四郎/SANKEI EXPRESS)
「雀蜂」(貴志祐介著/角川ホラー文庫、546円)