「デビュー作以来、フィクション性を追求した作品を発表してきましたが、その方向性の一つの到達点。執筆からは、かなり時間がたっているのですが、今改めて自分で読んで、『面白い』と思えました」。そう自ら語る本作では、ホテルの一室にもかかわらず、時空を超えた情念が錯綜(さくそう)する。男が紛争地で見た遺体、30年前に長崎で行われたローマ法王のミサ、男女の大学時代、さらには原爆、キリシタン弾圧と殉教の記憶まで-。「島原の乱からの長い歴史をいかに語りきるか。幻想…主人公のもうろうとした感じに巻き込まれる構造は、私なりの工夫です。今思えば、(過去・現在・未来を重層的に描き出す作風で知られる仏人作家の)クロード・シモンの影響を受けていたのだと思います」
イメージは繰り返し挿入され、少しずつ変容しながら、読む者を時空を超えたその先へと導く。「反復というのは、すごく重要で、ある種の美しさを生み出します。同じイメージであっても、文脈が変われば違う美しさを放つ。例えば、詩でも『私は歩く』というセンテンスを重ねると、それだけで呪術性を帯びてきます。言葉のリズムも、五七五を意識して作っていますね」