遠藤さんは坂道をずり落ちないよう、ブレーキをかけた。まだ終わりじゃない。列車が完全に停止したのを確認してから、再度ノッチ(アクセル)を入れ、機関車、貨車のブレーキを少しずつ解除しながら脱出を試みる。自動車の坂道発進の要領だ。車輪はレールと激しくこすれあい、甲高い金属音がこだました。動かない。後退する前に再びブレーキをかけた。「これ以上は車体が傷む」。同乗していた指導員が首を横に振った。ノッチを戻し、顔を上げた遠藤さん。辺りを見回すと、谷のような地形に雪が積もり、急カーブが迫る景色が見えた。昔、停車したあの場所だった。悪夢が再来した格好だ。
同乗していたJR東日本の会津若松運輸区長が線路に降りて、現場を確認する。車輪周辺の雪がさびを含み茶色い。「レールの上に5センチも雪が積もってるわ。ほかの列車が走っていないからさびまで浮いて…。こりゃ石油積んで走れる状況じゃないよ。しようがないって」。雪まみれで運転席に戻ってきた運輸区長の明るい口調に、遠藤さんは少しだけ救われた気がした。