原点に立ち戻ると、自分が軽のスポーツカーをつくりたい理由がはっきり見えた。
「ホンダにはS2000というスポーツカーもありますが、スペックも価格も高くて手が出ない。もう少し手の届きやすいスポーツカーがほしいなと思っていました」
小さなサイズで、維持費も安い。サーキットで走るクルマではなく、交差点を曲がるだけでも楽しい日常ユースのスポーツカー。バイクの世界で言えば、ホンダが販売する小型の原動機付き自転車のスーパーカブやモンキーの設計思想に近い。
開発する前にチームのメンバーで十数台のクルマに乗り、どのクルマが乗っていて楽しいかを議論した。そこで辿り着いたのが「交差点を曲がるだけで楽しい」というコンセプトだった。
「せっかくスポーツカーをつくるなら本格的なものを、という議論もあったんです。でも、開発チームとしては一貫して軽にこだわりました」
コンセプトを共有する際、その表現方法にもこだわった。たとえば、「交差点を曲がるだけで楽しい」車を実現するにあたって、椋本氏は開発の考え方を次のように表現し、メンバーに伝えた。鋭くスーとコーナーに入り、ピタッとしっかりと路面に吸い付くように曲がり、グッと踏ん張って、最後はガツンと立ち上がる--。
「できるだけ数字を使わないよう意識しました。数値データからクルマを運転する姿を想像することは難しい。スー、ピタ、グッ、ガツンのほうが、ステアリング屋さんもタイヤ屋さんも、理解しやすいと思ったんです」