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治療的中絶テーマ 「タブー壊し苦悩を代弁」 「誰も知らないわたしたちのこと」作家 シモーナ・スパラコさん

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治療的中絶テーマ 「タブー壊し苦悩を代弁」 「誰も知らないわたしたちのこと」作家 シモーナ・スパラコさん

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自身も辛い経験をした作家のシモーナ・スパラコさん。「顔のない女性たち」のためタブーに挑んだ=2014年4月4日、東京都千代田区(大西史朗撮影)  【本の話をしよう】

 もし、おなかの中の子供に障害があると分かったら-。出生前診断にともなう治療的中絶をテーマにしたイタリア人作家、シモーナ・スパラコさんの『誰も知らないわたしたちのこと』が刊行された。自身の体験をもとに創作された長編小説。「語ることのできないたくさんの女性たち」のために、タブーに挑んだ。

 イタリア最高の文学賞・ストレーガ賞最終候補に残り、ベストセラーとなった本作。だが、カトリック教徒の多いイタリアにおいては、中絶について語ることはタブーだった。あえてそのタブーに挑んだ理由を、こう説明する。「タブーは人間社会にとって有毒。タブーをいかになくしていけるかに、社会の成熟度が試される。だからこそ、私はタブーを壊さなければいけないと思い、筆を執りました」

 自身も死産を体験。「非常に厳しくつらい時期だった。鬱にもなった」。苦しい思いを抱えたまま、インターネットをさまよった。そこで励まされたのが、治療的中絶を経験した女性たちが集うサイト。作品中にも、サイトへの投稿が物語の合間に、句読点のように挟み込まれている。「タブーゆえに自らの体験を周りに打ち明けることができない女性たちがたくさんいた。彼女たちはいわば『顔のない女性』。声をあげられない声を代弁するために、私はこの物語を生み出したのです」

 「痛み」を詳細に描く

 主人公は35歳のジャーナリスト、ルーチェ。5年間の不妊の末、パートナーのピエトロとの間に待望の男の子・ロレンツォを身ごもる。しかし、胎内のロレンツォには先天性の骨の障害があり、生まれても数年しか生きられないことを知らされる。しかも、その短い生には苦痛がつきまとうという-。

 フィクションではあるものの、医療的な知識や、肉体的な痛みは非常に緻密に描かれている。「私が医学的・肉体的な痛みを詳細に描いたのは、ルーチェの苦しい経験を読者に一緒に生きてほしかったから。女性だけでなく、男性からも『彼女の苦しみを皮膚の上に感じた』との感想をもらえました。もちろん、これは私自身の経験をもう一度追体験することでもありましたから、個人的には苦しいものでした」

 ルーチェはまた、母親との関係にも苦しむ。愛情が薄く、金銭ばかりを要求する母親…。「母性はこの作品のもう一つの、そして最終的なテーマでもあります。母性にはいろいろあり、その中にはうまく表現できることができない母性もある」

 イタリアの物語ではあるが、母親となった女性が抱える苦しみは普遍的。「日本にも、このような苦しい経験をした人は多いでしょう。あなたがたに伝えたいのは、『外からの批判を恐れることはない』ということ。苦しい末の選択だったということを、私は知っています。勇気を持って、人生へと歩み出してほしい」。母親たちの声は、言葉の違いを超えて届くはずだ。(文:塩塚夢/撮影:大西史朗/SANKEI EXPRESS

 ■Simona Sparaco ローマ生まれの作家・脚本家。本作『誰も知らないわたしたちのこと』は2013年ローマ賞を受賞し、イタリア最高の文学賞であるストレーガ賞の最終候補となった。日本語のほか、スペイン語、ギリシャ語に翻訳されている。他の著書に『Lovebook』など。

「誰も知らないわたしたちのこと」(シモーナ・スパラコ著/紀伊國屋書店、1800円+税)

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