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ジャワの更紗に美の至芸を堪能する 石田加奈と田中優子の布への思いを読む 松岡正剛

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ジャワの更紗に美の至芸を堪能する 石田加奈と田中優子の布への思いを読む 松岡正剛

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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 京都麩屋町にisis(イシス)というオリジナルのジャワ更紗を制作販売しているお店がある。石田加奈さんが毎年数カ月、現地に入って、職人たちとつくりあげたものばかりだ。おそらく日本で見られる最高の文様であり、最高の出来だろう。その更紗を、この3日間にわたって、ゴートクジの本楼で「そ乃香:ジャワ更紗するガイジン」と題して展示した(→右の3枚の写真)。高価なのだが、入手する人が多かった。石田さんのゆっくりとした鳥が飛ぶような説明に、誘われるように酔う人も多かった。

 田中優子に『布のちから』がある。アジアや南米の布を紹介しつつ、布がもつ生命的な「ちから」を綴ったもので、触発されることが多い。なかで「トゥンパル」というバティック(更紗)に特有の模様も取り上げられている。ふつうは世界山や生命樹を象(かたど)ったものだと言われるのだが、田中さんは「呪力のある皮膚」を感じると書いていた。

 布には、ほんとうに多くの神秘や物語や技能がこめられている。それが「ちから」なのである。文様や模様や生地そのものに「ちから」があるのは当然なのだが、着かた、纏(まと)いかた、巻きかた、結びかた、合わせかた、畳みかたにも、その土地、その民族、その風土の植物、その手技の「ちから」があらわれる。

 ジャワ更紗は蝋纈(ろうけつ)染めの布である。インドネシア・マレーシア・インドにひろがるバティックは、18世紀以降は多種多様なヴァージョンになっているけれど、なかでもジャワ島のバティックが格段の「ちから」をもっているので、ジャワ更紗と呼ばれてきた。江戸の更紗はこのバティックが島渡りしてきたものだったので、長らく「渡りもの」と言われた。ストライプの「縞」も、最初は「島」のことだった。

 しかし、石田さんの更紗はジャワで見失われた文様や技法に挑んだもので、そこが抜群にすばらしい。isisのジャワ更紗はチレボンの工房と石田加奈が組んだ、世界でただひとつのテキスタイルアートなのである。

 ところで、田中優子はこの4月から法政大学の総長になった。驚いたけれど、真剣な授業、自由自在なゼミ、社会と大学をつなぐための仕事、アジアとの交流など、決して手を抜いてこなかった田中さんなら、きっと新たな成果をもたらすだろう。着物大好きな総長センセーの、『きもの草子』なども読まれたい。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 【KEY BOOK】「ジャワ更紗:いまに生きる伝統」(伊藤ふさ美・小笠原小枝著/小学館、1728円)

 更紗の語源はジャワ語の「サラサ」。「花の模様を撒く」という意味をもつ。しかし今日では本物のジャワ更紗はあまり作られなくなって、現地でも着る人も少ない。それを石田加奈は再生しているのだが、本書はその伝統を伊藤ふさ美が現地に工房を訪ね、往時の更紗を再構成したもの。吉本忍『ジャワ更紗』、富田博司『BATIK』、吉岡幸雄『ジャワ更紗文様図鑑』、小笠原小枝による別冊太陽『更紗』なども見られるといい。溜息が出る。

 【KEY BOOK】「布と人間」(アネット・ワイナー&ジェーン・シュナイダー著、佐野敏行訳/ドメス出版、7560円、在庫なし)

 布と文明、布と社会、布と人間、布と女性のかかわりを多面的に検討した定番の「布文化」研究書。編者は2人とも女性の文化人類学者。ジャワやバリの布(バティック)にも目が注がれている。「裸のサル」であった人間が布を身に纏ったのは、気候の寒暖から生活を守るためではなかった。色や文様のついた布は装飾であり、呪力であり、権威であり、美しさをあらわした。布は文化力なのである。

 【KEY BOOK】「布のちから」(田中優子著/朝日新聞出版、2052円)

 歴史の中の布を辿り、アジアと日本の布の現場を訪れつづけた田中優子の待望の「布の本」だ。「江戸から現在へ」というサブタイトルがついているが、そのあいだに各地の職人の手技との出会いが綴られる。一行ずつに「布の愛」がこめられている。田中さんは「着物で講演をするセンセー」としても知られている。よく似合う。『きもの草子』(ちくま文庫)という著書もある。これらを通して、われらが「粋」とは何かを存分に感じてほしい。

 【KEY BOOK】「和更紗の文様」(吉岡幸雄著/紫紅社、1296円)

 吉岡さんは、ご存知、染司よしおか5代目の当主。東大寺・薬師寺の行事にひそむ伝統色を研究し、天平以来の446色の日本伝統色をすべて再現して今日のものとした。本書はその吉岡さんの和更紗を集めた図録の一冊。ジャワ更紗は室町期に日本に渡来し、安土桃山期に少しずつ世に知られ、徳川時代に長崎・鍋島・京都で独自の工夫で染められるようになった。すぐに浮世絵師たちが注目して絵柄にとりこんだ。このあたりは田中優子の本に詳しい。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。80年代、編集工学を提唱。以降、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発プロジェクトをリードする一方、日本文化研究の第一人者として私塾を多数開催。おもな著書に『松岡正剛千夜千冊(全7巻)』ほか多数。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

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