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鉄(くろがね)に取り組んできた工匠たち 鉄男も鉄子も鉄平も、みんな鉄学者! 松岡正剛

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鉄(くろがね)に取り組んできた工匠たち 鉄男も鉄子も鉄平も、みんな鉄学者! 松岡正剛

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藤沢の装飾金属を専門にしている「さいとう工房」の一角。鉄が鉄を加工する現場。鉄の工匠たちは独特の哲学と技能がある。この写真は作品の一部。藤本晴美さんに紹介された(小森康仁さん撮影、松岡正剛事務所提供)  【BOOKWARE】

 10代のころ、化石や鉱物を採集をしているうちに黄鉄鉱や磁鉄鉱に出合い、「鉄学者」になりたいと思った。ピカピカの鉄、万力のような塊、鉄橋、自転車、錆びた鉄、みんなすばらしい。そう、思ったのだ。

 残念ながら「鉄学者」になるという希望は叶わなかったけれど、30代、自分で創刊し編集した雑誌「遊」で遅まきながら「鉄学ノート」を書いた。ついで全ページを漆黒にした『全宇宙誌』で「宇宙のアイアンロード」を綴ってみた。

 鉄は人類と文明の象徴だ。鉄を加工することを思いつけなかったなら、動力も産業も戦争も、工作機械もスカイスクレイパーも、ここまで発達しなかった。宰相ビスマルクの言葉ではないが、まさに「鉄は国家なり」なのだ。ヤマト朝廷だって、出雲や北九州のタタラの民の技能をまるごととりこんでやっと成立したわけである。

 星の一生の重要な場面にも、鉄は登場する。星は水素やヘリウムで形成を始めるのだが、そのうち元素周期律表の順番に星の内部に多様な物質を詰めこんでいく。しかし、鉄族がちょうど出現したところで、3つの道(ロード)を選択する。そのまま鉄族をたっぷり蓄えた星になるか、爆発して超新星となってヘリウム回帰するか、自分の荷重に耐えかねてブラックホールになるか。つまり鉄は、星の運命を決定している宿命的な物質なのである。

 鉄はカーボンの含有量によって、錬鉄・鋼鉄・銑鉄などに分かれるが、結局はどのように鋳るか、何を混ぜるかで、その性質が決まる。そこでは製鉄や鋳鉄の技術の腕がものを言う。

 ぼくは鉄そのものにも尽きぬ魅惑を感じてきたのだが、鉄にとりくんできた工匠たちにも憧れてきた。ギュスターブ・エッフェルも篠原勝之も、蒸気機関車もシコルスキーのヘリコプターも、エジソンの鉄電話器も軍艦三笠も、このところお世話になっている装飾鉄工房の斎藤昭二郎夫妻も、カッコいい。ブックウェアに倣(なら)っていえば、そこにはアイアンウェアがあるのだ。

 【KEY BOOK】「金属のふしぎ」(斎藤勝裕著/サイエンス・アイ新書、ソフトバンク、1000円)

 地球の元素のうちの75%は金属だ。鉄を知るにはまず金属を知りたい。地球が金属からできていること、その結晶的な性質のこと、金属には延性と展性があること、電気との相性のこと、レアメタルのことなど、いろいろおもしろい。金属のなかで鉄はダントツに文明の利器を作ってきた。生活資材から戦争兵器まで、鉄が活躍していないものはない。それが工匠たちの技能によって、橋にも鉄塔にも建物にも、また日本刀にもなる。

 【KEY BOOK】「鉄の歴史と化学」(田口勇著、ポピュラーサイエンス、裳華房、1365円、在庫なし)

 鉄の本といったらルートヴィヒ・ベックの『鉄の歴史』全16冊だ。日本製鉄にいた中沢護人さんがこつこつと一人で訳し、1979年の日本翻訳文化賞を受けた。一方、新日鉄にいたのが本書の田口勇さんだ。鉄鋼分析の研究者で、科学技術庁長官賞を受けた。本書は“鉄学”の基本とともに、日本人が知るべき鉄の歴史と文化に詳しい。宮崎駿の『もののけ姫』はタタラの民が重要な役割をもっていたが、本書はそのあたりにも深入りしている。

 【KEY BOOK】「エッフェル塔試論」(松浦寿輝著/筑摩書房、3990円、在庫なし)

 出版当時、たいへん話題になった本。エッフェル塔にまつわるありとあらゆる出来事・人物・思想を縦横無尽に渉猟して、鉄のエッフェル塔の完成が現代社会にもたらしたのは、既存の「表象」に代わる「イメージの力」だったということを書いている。それにしてもエクトル・ギマールやギュスターブ・エッフェルの「鉄」に対する憧憬と自信は凄かった。「鉄はフォルムだ」と見抜いたのだ。先駆した建築家ヴィオレ・ル・デュクとともに称えたい。

 【KEY BOOK】「驚異の工匠たち」(バーナード・ルドフスキー著/鹿島出版会、3990円)

 エッフェル塔時代の鉄の芸術はアールヌーヴォーとも呼ばれたが、それは植物のフォルムに対する畏敬にもとづいていた。そもそも工匠たちはそうした「フォルムの母」を求めるものだ。ルドフスキーの本書は、かつて工匠たちが時代ごと民族風土ごとにどんな「フォルムの母」を求めてきたかを、みごとに証したものだ。土も石も木も鉄も対象になっているが、工匠たちはどんな素材に向かっても「母」を生かすのである。ルドフスキーの他の本と同様の名著。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/撮影:フォトグラファー 小森康仁/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。80年代、編集工学を提唱。以降、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発プロジェクトをリードする一方、日本文化研究の第一人者として私塾を多数開催。おもな著書に『松岡正剛千夜千冊(全7巻)』ほか多数。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

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