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「鬼は外、福は内」のほんとうの意味 今日の日本での「鬼の正体」と「福の実体」って何? 松岡正剛

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「鬼は外、福は内」のほんとうの意味 今日の日本での「鬼の正体」と「福の実体」って何? 松岡正剛

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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 節分である。「鬼は外、福は内」と叫んで豆を撒く。最近はコンビニで恵方巻きを買ってきて、意味もわからず恵方に向かって丸かじりするようだ。恵方はその年の歳神(としがみ)がおはします方位のことで、実は正月の松飾りや鏡餅も恵方を受けていた。2014年の恵方は東北東になる。

 節分は季節の変わり目のことだから、もともとは春夏秋冬いずれにも節分がある。季節の変わり目には邪気が生じると考えられたのだ。そこで春の節分には桃の枝で邪気や邪神を祓っていた。それが室町時代から豆に代わり、さらに15世紀半ばをすぎると、一部の寺社で「鬼外福内」を唱えるようになった。それでも立春の前日だけを節分と呼ぶようになったのは江戸時代になってからだ。

 かつては節分のことを、中国伝来の儀礼名を踏襲して「追儺」(ついな)とか「鬼逐」(おにやらい)と言っていた。いずれも邪霊や物の怪を追放する意味をもつ。平安期の宮中では、土牛童子という土人形を大寒から節分まで大内裏の各門に飾っていた。それが「鬼」とみなされたのは、各地に天然痘などの疫病が流行し、赤くなった症状を恐れてそれを赤鬼とみなしたり、幼児を病気から守るためだった(幼児の病気は顔や体がたいてい赤くなる)。そうした邪気や疫病を祓うために、中国式に桃の枝が使われていたのである。

 宮中行事がやがて民間に出てくると、里人が怖がる鬼が追儺の対象になり、里の生活にふさわしい穀物として豆が選ばれるようなった。豆は「魔目」(まめ)に通じるとも考えられたからだ。その豆を炒るのは、ナマの豆では目(芽)が出てくるので、それを嫌ったからだった。このあたりいかにも日本的である。

 一方、鬼についての見方も中世・近世になるにしたがって、きわめて日本的なキャラクタライズが強くなっていった。中国では鬼(き)はおおむね死者の類縁や死者の霊のことであるのだが、日本では異形の者、放逐された者、山に隠れる者などを鬼とみなした。「おに」の語源も「隠」(おぬ)に由来した。それゆえ昔話の「桃太郎」の話などは、中国的な桃のシンボリズムと日本的な山に棲む鬼の伝説とが、ちょうど相半ばするハイブリッドな例になったのである。

 いま、日本人が何をもって「鬼は外、福は内」と言うかが、問われている。そろそろ鬼の正体を見極め、その他方では福の正体も見極めたい。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 【KEY BOOK】「鬼の研究」(馬場あき子著/ちくま文庫、798円)

 日本の鬼をめぐる民俗学および文化史について綴られた名著。著者は有名な現代歌人だが、この本では百鬼夜行とも言われた都大路に出現するさまざまな鬼をとりあげて、日本人の想像力の及ぶところをさぐった。実は恐怖心、畏怖、憎しみ、奇形なるもの、情念の深さ、成長しすぎた魂、死者の変貌、餓鬼の姿、嫉妬心など、そのいずれもが鬼だったのである。すなわち鬼はわれわれの内側にもいるものなのだ。何度でも読み返したい本である。

 【KEY BOOK】「鬼の日本史」上下(沢史生著/彩流社、各3059円)

 そうとうに興奮できる本だ。日本神話や各地の祭りに出没し、また異様な物語として伝えられてきた多くの「鬼」たちを、まことに大胆な推理によって説いている。日本のマイナーな神々を知るうえでも秀れた展望を提供する。ぼくはかつて「千夜千冊」834夜で絶賛しておいた。本書には東北のアラハバキから節分の鬼まで、山神や天狗から童謡「かごめかごめ」の正体まで、興味つきない話が次から次へと繰り出される。これを読まない手はない。

 【KEY BOOK】「酒呑童子異聞」(佐竹昭広著/岩波同時代ライブラリー、918円、在庫なし)

 一条天皇の世、夜な夜な都の娘がさらわれるので、帝が安倍晴明に占わせたところ、丹波の大江山の鬼の仕業だとわかった。正体は酒呑童子(しゅてんどうじ)。姿は14、5才のままなのに、神通力をもつ不老不死の怪物となっているらしい。帝は藤原頼光と平井保信に命じて渡辺綱や坂田金時らの四天王に鬼退治をさせた。酒呑童子伝説の骨子だが、ここにはさまざまな「日本の謎」を解くヒントがある。本書はそこをみごとに解明する。

 【KEY BOOK】「年中行事事典」(西角井正慶編/東京堂出版、3990円、在庫なし)

 日本各地の神社仏閣でおこなわれている行事について、適切な解説をしている事典。手元においておくことをお勧めする。節分行事も手にとるようにわかる。たとえば「追儺」と方相氏と天然痘の関係、お水取りとしても知られる修二会(しゅにえ)に鬼逐に似た行事がある意味、多くの寺院の修正会(しゅしょうえ)に鬼追式がある理由など、それらの行事が何月何日にどこであるかという祭事情報とともに提供してくれる。

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。80年代、編集工学を提唱。以降、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発プロジェクトをリードする一方、日本文化研究の第一人者として私塾を多数開催。おもな著書に『松岡正剛千夜千冊(全7巻)』ほか多数。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

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