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ときにはポップアップブックで遊んで見る 本だって「ビックリ箱」や「覗きカラクリ」になる 松岡正剛

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ときにはポップアップブックで遊んで見る 本だって「ビックリ箱」や「覗きカラクリ」になる 松岡正剛

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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 わが子供時代には、紙芝居屋さんとともに覗きカラクリ屋さんがいた。絵本は家で母親と一緒か一人で見るもの、紙芝居は町内で近所のモッちゃんやタケダの兄ちゃんやヨコシマタカコちゃんと見るもの、覗きカラクリは年に一度の縁日で見るものだった。どれもどきどきするほどのスペクタクルに満ちていたが、それが話のせいなのか、絵のせいなのかはわからなかった。

 「飛び出す絵本」や「立ち上がる絵本」は中学生になってから知った。京都三条の中学校近くのアメリカ文化センターに行ったとき、おそらくはグリム童話かディズニーの絵本だったろうと思うのだが、ポップアップブックに出会った。こんなビックリ箱みたいな本があるんだと思った。

 「スペクタクル」とはもともとは「めざましいもの」とか「見世物」という意味だ。それが18世紀半ばくらいから、博物学や地誌学が充実してくると、精密な銅版画や石版画で風景や動植物や庭園を見せるようになった(これをピクチャレスクと言った)。

 19世紀になるとそれをジオラマやレンズを使って立体化する趣向が流行して、それらをまとめて「スペクタクル」と名付けるようになった。他方、そのころは劇場照明の工夫もあれこれ始まっていたので、そういうスペクタクルを小ぶりな「箱」に入れ、照明のもとにこれを見せるマイクロスペクタクルが次々にあらわれ、やがてそれを「本」がとりこむようになったのである。

 実は日本にも桃山時代から「起こし絵」というものがあった。茶室などの立体図を四方の壁や障子を小さな紙に描いてこれを立ち折って見られるようにしたものだ。

 ポップアップブックは「手の中に入るスペクタクル」なのである。19世紀にはローター・メッケンドルファーという名人も出た。いまはスマホやタブレットの中になんでも入るようになってしまったが、いま一度、手のこんだブックウェアこそが少年の日のどきどきを再現してほしい。

 【KEY BOOK】「ゆかいなきかんしゃ」(ウィルバー・オードリー著、上野和子訳/大日本絵画、1995円)

 幼い子にはこのへんから。有名シリーズだが、必ず子供たちの目が奪われる。 大日本絵画はポップアップ絵本を一手に供給しているユニークな版元で、幼児用には「しかけえほん」シリーズなども組む。本書もそのひとつ。業界では「モデル・グラフィックス」という言い方もする。機械、恐竜、花、地図帳なども子供の頃にポップアップで見ておくと、発想力が豊かでおもしろい若者が育つのではないか。

 【KEY BOOK】復刻版のぞきからくり絵本「ヴェルサイユ庭園」(大日本絵画、2625円)

 19世紀にはさまざまな「覗きカラクリ」が発明され、ジオラマや連続写真劇場などとともに、パノラミックに展示されていた。たいてい箱仕掛けだった。本書はそうした手作りスペクタクルを本仕立てにしたもので、一冊が蛇腹折りになっていて、円形の覗き穴からこれを覗くと、ヴェルサイユ宮殿の庭園が遠近法にもとづいて立ち上がって遠望できる。上の写真ではその雰囲気を出してもらっている。いわば本の万華鏡なのだ。

 【KEY BOOK】「不思議の国のアリス」(ロバート・サブタ制作/大日本絵画、3990円)

 いまやもっとも有名なポップアップ絵本である。「飛び出す絵本」はページを左右に開くとむくむくと両側から絵が立ち上がってくるしくみになっているのだが、この本ではアリスが訪れたトランプの国の場面が、無数のトランプのブリッジとなって立ち上がって、びっくりさせられる。ロバート・サブタは当代随一の絵本制作者。メッケンドルファー賞も受賞した。サブタの翻訳絵本は「飛び出ししかけ絵本」として大日本絵画が刊行している。

 【KEY BOOK】「写真と芸術」(オットー・シュテルツァー著、福井信雄・池田香代子訳/フィルムアート社、2625円、在庫なし)

 ぼくが長らく愛読してきた本。19世紀の画像や映像がもたらすスペクタクルが、どのように誰によってどこで仕掛けられてきたのか、全部わかる。近代の大衆は写真術の登場によって「本物」をどこでも見られるようになったのだが、だったらそのリアルな感動をもう一度「仕掛け」の中に入れ込みたくなったのが、映画やアニメや絵本などの20世紀メディアアートなのである。すべてはレンズマジックの再現なのだ。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。80年代、編集工学を提唱。以降、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発プロジェクトをリードする一方、日本文化研究の第一人者として私塾を多数開催。おもな著書に『松岡正剛千夜千冊(全7巻)』ほか多数。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

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