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忘れられた天才が描いた「美女」たち 「小野佐世男展 ~モダンガール・南方美人・自転車娘~」

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忘れられた天才が描いた「美女」たち 「小野佐世男展 ~モダンガール・南方美人・自転車娘~」

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 【アートクルーズ】

 小野佐世男(おの・させお、1905~54年)という画家・マンガ家を、ご存じだろうか?

 30年代から50年代にかけ、風刺マンガ雑誌や新聞小説の挿絵に絵筆を振るい、映画やラジオに出演するなど、さまざまなメディアで活躍したにもかかわらず、今ではほとんど忘れ去られた天才作家である。その天才の仕事に光をあてる「小野佐世男展 ~モダンガール・南方美人・自転車娘~」が2月11日まで、京都国際マンガミュージアムで催されている。

 50年代の主たる娯楽雑誌をひもとけば、必ずと言っていいほどその名が見られるのに、小野佐世男の名が忘れられてしまったのはなぜなのか。これはマンガ界のミステリーでもある。

 大人マンガ第一人者

 理由のひとつは、佐世男が活躍した「大人マンガ」の世界がほとんど消滅してしまったからだろう。現在、マンガといえば、連続するコマでストーリーが語られる、どちらかといえば子供向けの娯楽と考えられている。

 しかし、そのような考えが一般的になるのは、手塚治虫の作品が子供向け雑誌を席巻するようになった50年代以降のこと。それまでは、新聞に載っているような風刺の効いた、あるいはナンセンスな笑いを提供する大人向けのイラストをマンガと言っていた。佐世男同様「大人マンガ」の世界で活躍していた一人に、やなせたかし(1919~2013年)がいる。やなせも「大人マンガ」の凋落とともにいったんマンガ界から消えかかるが、「アンパンマン」のヒットで復活したのはご存じの通り。やなせのように、絵本を活躍の場に移した「大人マンガ家」は少なくない。

 モンローに会えず

 佐世男が忘れられている2つ目の理由は、彼が48歳の若さで亡くなってしまったことだろう。その亡くなり方はとてもドラマチックだ。当時人気絶頂のマンガ家だった佐世男は、日本にやってくるマリリン・モンローにインタビューし、その艶姿を絵にすることが決まっていた。ところが、そのモンローの来日当日、心筋梗塞のため、帰らぬ人となってしまう。もし予定通りモンローに会っていたら、その映像と、彼が描いたであろう絵は、佐世男の名前とともに、歴史の重要な証拠として、私たちの記憶に刻まれていたことだろう。

 佐世男が生涯描き続けたのは、女性だった。大正デモクラシーの時代から、インドネシアに従軍した太平洋戦争時代、戦後の民主主義の時代へと、イデオロギーが目まぐるしく変転する昭和時代を風刺画家として生きたにもかかわらず、佐世男の絵に政治的なにおいはほとんどしない。それは、作家の関心が、その時代、場所で懸命に生きる女たちのまぶしい輝きにあったからに違いない。

 佐世男の名を世に知らしめたのは、30年代においても評価の高かったマンガアート誌『東京パック』に次々と掲載された、都会の最先端を生きる「モダンガール=モガ」たちのイラストだった。

 23年の関東大震災後、東京は急速に大都会へと様変わりし、華やかに復興した銀座通りには、紅いルージュをキリリと引いた断髪、洋装のモガたちが登場する。実は、25年の銀座通りに洋装女性は1%しかいなかったという調査記録が残っているが、日本史上ほとんど初めて登場したショートカットの女性に驚いた当時の男たちは、モガたちの存在を過剰に描写したのだった。佐世男もその一人。彼が戦後も銀座や浅草に通い詰め、生涯華やかな女性風俗を描き続けた理由のひとつは、この時代の“モガ・ショック”にあるのではないか、とひそかに推理している。

 グラマー?美少女?

 ところで、佐世男が描き続けた女性たちはみなグラマーな大人の美女だ。自分が描きたいと思う女体は「あたかもバラの蕾(つぼみ)を瓶にさして、それが開いた感じ、子供を1人産んだくらいの若年増」とも書いている。それは、彼の生きた時代におけるひとつの「美女」のスタンダードでもあっただろう。

 現在、マンガミュージアムでは「佐世男展」と同時に、現代の「萌え」美少女イラストを集めた「絵師100人展 03 京都篇」もご覧いただける。そこに表現されているのは、「バラの蕾」が文字通り「萌え」んとする瞬間の輝きだ。佐世男の時代からわずか半世紀。世の男性たちの思い描く理想の「美女」がこんなにも変化してしまったことに驚いてもらうのも楽しい鑑賞の仕方かもしれない。(京都精華大学国際マンガ研究センター 伊藤遊/SANKEI EXPRESS

 ■おの・させお 1905~54年。横浜市出身。東京美術学校(現・東京芸術大学)西洋画科に在学中から、風刺グラフ誌『東京パック』に女性風俗をテーマにしたイラストを発表。第二次大戦中は陸軍報道班の従軍画家としてインドネシアに滞在。戦後は油絵の大作も手がけた。

 ■いとう・ゆう 1974年、愛知県生まれ。筑波大学第一学群人文学類卒業。大阪大学文学研究科博士後期課程単位取得退学。現在、京都精華大学国際マンガ研究センター研究員。専門は、民俗学(考現学)・マンガ研究(マンガミュージアム論)。

 【ガイド】

 「小野佐世男展 ~モダンガール・南方美人・自転車娘~」は2月11日まで、京都国際マンガミュージアム(京都市中京区烏丸通御池上ル)。大人800円、中学・高校生300円、小学生100円。水曜休。問い合わせは(電)075・254・7414。

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