さらに私の背中を押したのが、このひと言。「新界には、香港島のトラムのように、地元の人の足として活躍している路面電車がありますよ」。これはもう行くしかない。
ライトレールの乗車券を購入するために、窓口へと足早に向かう。「目的地はどちらですか」と女性係員が優しく微笑んだ。新界には観光地があまりなく、行き先によってはバスを利用したほうが早いこともあるので、スマホでベストルートを調べてくれると言うのだ。ち、違うんですよ。バスがどんなに便利でも、私はライトレールに乗りたいの。特に目的地はありません。「…で、でしたら乗り放題の乗車券がございますが」。あ、いま明らかに引きましたよね…。
それでも彼女は気丈に笑顔を保ち、スマホ画面を見せながらこう言った。「初めて行かれるのでしたら、こちらの『MTRモバイルアプリ』をダウンロードされると、路線図が表示され迷われないかと思います。駅構内のホットスポットでネットに無料で接続していただけます」。最後まで親切な彼女に、私はとても言えなかった。「Wi-Fiルーターを持ち歩いているから、もうとっくに接続している」なんて。
■取材協力:香港政府観光局
■江藤詩文(えとう・しふみ) 旅のあるライフスタイルを愛するフリーライター。スローな時間の流れを楽しむ鉄道、その土地の風土や人に育まれた食、歴史に裏打ちされた文化などを体感するラグジュアリーな旅のスタイルを提案。趣味は、旅や食に関する本を集めることと民族衣装によるコスプレ。現在、朝日新聞デジタルで旅コラム「世界美食紀行」を連載中。ブログはこちら