かかりつけ医に「眼科・耳鼻科」研修を 高齢者、専門医へ道のり遠く…

 
眼底鏡を使って、お互いの眼球の奥をのぞく医師ら=東京都渋谷区

 高齢者が、かかりつけ医に目や耳の症状を訴えるケースが目立つという。眼科や耳鼻科は内科の診療所に比べると数が少なく、足腰が弱ってきた高齢者には受診が困難になることもあるからだ。家庭医を育成する学会では、眼科や耳鼻科の知識を学んで初期治療を行い、必要なときに確実に専門医につなげよう、との取り組みが進んでいる。(佐藤好美)

 栃木県益子町の「どこでもクリニック益子」の池ノ谷紘平院長は内科とリウマチ科を掲げる。だが、患者からしばしば、「先生、目も診てくれないか」と言われる。

 町内には9カ所の医療機関があるが、眼科と耳鼻科はない。隣町の眼科まで車を使えば20分ほど。だが、車がないと1時間近くかかる。運転しない人や高齢者には負担になる道のりだ。

 患者から聞かれるたびに、池ノ谷院長は「ごめんなさい」と断ってきた。専門治療が必要な状態と見分ける自信がないし、「視力が低下してきた」という訴えにも対応できない。

 だが、あまりによく聞かれるので、具合が悪いのに眼科にかかっていない人が多いのではないかと、戸別訪問でアンケートを行った。質問は、目に何らかの自覚症状があるか▽その問題で眼科を受診したか▽受診していない場合は、その理由▽車の運転ができるか-など。

 53人(平均年齢65・5歳)から得た回答によると、目に何らかの症状がある人は75%。だが、症状がある人の60%は眼科を受診していなかった。理由には(1)症状が軽い(46%)(2)遠方、通えない(38%)-などが挙がり、「通えない」人の大半は車の運転ができなかった。

 池ノ谷院長は「厳密な調査ではないが、移動手段がなく受診していない人は、この地区だけでも推計で100人はいると思う」と言う。しかも「症状が軽い」と思って受診していない人が緑内障や白内障の可能性もある。

 眼科の巡回診療を求めて署名活動もしたが、すぐには難しそうだ。「自分で簡単な眼科診療をして、必要なら専門医に送るのが一番効率がいいかもしれない」と思っている。

 ■かかりつけ医に眼科研修 専門医に送る見極めがカギ

 6月末の土曜日、東京都渋谷区で「プライマリケア医のための眼科診療セミナー」が開かれた。参加したのは、各地の病院や診療所で働く現役医師30人。眼科が専門でない医師ばかりで、池ノ谷院長もここに参加した。

 講師は、京都大学・医学教育推進センターの加藤浩晃医師(眼科専門医)。まずは、ウイルス性結膜炎や結膜下出血など病名の異なる「赤い目」のスライドを5枚示し、こう言った。

 「こういう場合も、こういう場合も、患者さんはすべて『目が赤い』と言って、やって来ます」

 充血や目やにの状態により、どう病気を区別するか、どう治療し、どう感染を防ぐか、どんな状態のときに眼科専門医に紹介すべきか、加藤医師は具体的に説明した。

 その後は、眼球の奥をのぞく「眼底鏡」の使い方や眼圧の測り方の実習。眼底鏡を持ち、2人1組になってお互いの目をのぞいていた医師の間から、「見えた!」「映った!」と声が上がった。

 緊急に病院搬送すべき病気の見極めや、応急処置も含めて6時間。真剣な表情で講義を受けた医師らの質問は途切れず、予定時間を大幅に超過して終了した。

 セミナーを主催したのは、家庭医を育成する「日本プライマリ・ケア連合学会」。眼科のほか、耳鼻咽喉科や産婦人科でもこうしたセミナーを行う。いずれも、募集と同時に定員が埋まる。同学会の雨森(あめのもり)正記・生涯学習委員長は「地方では特に、年配の人が眼科まで行くのはハードルが高い。ちょっと視力が落ちてきたとか、目やにが出るときに、眼科に行った方がいいのか、点眼薬を出せばいいのか、判断できることが大切」とする。

 特に重要なのが、専門医に送るべき状態を判断すること。急ぐのか、1カ月以内でいいのかの判断も不可欠だ。「専門の医師が、初期からすべてのケースに対応するのは難しくなっている。役割を分担し、専門の医師には、より技術の必要な治療に時間と力を配分してほしい」(雨森委員長)

 講義に当たった加藤医師も、かかりつけ医が簡単な眼科疾患を診ることには利点が多いと考えている。例えば、緑内障の初期は自覚症状がない。40歳以上の20人に1人が緑内障なのに、受診しているのはその1~2割というデータもある。「かかりつけの医師が緑内障を見つけてくれれば、眼科への早期受診につながり、もっと多くの人が失明や視野狭窄(きょうさく)になるのを遅らせることができる」と訴える。

 こうした知識が求められるのは実は、地方に限らないようだ。東京の都心区から参加した病院勤務医(45)は「患者さんは、何十年も通っているお年寄りばかり。つえをついて病院に来て、買い物は宅配に頼っている。そういう人に眼科受診を勧めるのも難しい。できるところは診て、送るべきときに眼科医に送れる技術を身に付けたい」と話す。

 冒頭の池ノ谷院長はセミナーを経て、患者の目を診ることに現実味がわいてきた。「器具も必要だし、もう少し勉強して準備を整えたい」と話している。