人の頭や枕カバーに付着した臭いを「におい嗅ぎガスクロマトグラフ質量分析装置」にかけ、そこに含まれる100種類以上の成分について、しらみつぶしに調べていった。1つのサンプルに含まれる成分をすべて分析するのにかかる時間は約90分。せいぜい1日2本が限界だった。
そのうえ幅広い人からサンプルを集め、正確な臭いの発生部位まで確認しなければならない。人によって臭いの量に差があることも早期の特定を妨げた。
結局、加齢臭とは別物と気づいてから原因物質を特定するだけで3年の月日を費やした。
開発チームが苦心の末に突き止めた臭いの正体は、「ジアセチル」と呼ぶ物質だった。
ジアセチルは、バターやチーズなどの乳製品にも含まれている。一定の範囲内で存在する限り、特に不快は感じない。ただ、人間の皮脂と混ざった途端に臭いがきつくなる。周囲に拡散しやすく、量が増えるとさらに不快さが増す。
日本酒の醸造では、酵母を発酵させる際に雑菌が混じるとジアセチルが生じ、「つわり香」「火落香」と呼ばれ忌み嫌われている。
さらなる研究で、女性の方がより不快に感じやすい事実も判明した。このジアセチルを“退治”すれば、画期的なミドル男性向けのデオドラント商品が生み出せる。
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だが、ここで別の壁が立ちはだかった。
単にジアセチルの臭いを抑えるだけなら、香水のように香料で臭いを覆い隠してしまえばよい。その方が臭いがしなくなったという実感も得やすい。しかし、ルシードは無香料が売りのブランドだ。安易に香料を使うわけにはいかない。一時はブランドのコンセプトを修正することも考えたが、「やはり『無香料のルシード』で商品を届けたかったし、対症療法だと根本的解決にならないからあかんよなと思った」と志水さんは振り返る。