“何とかフラペチーノ”は反感買うだけ? スターバックスは本場で通じるか

 
スターバックスのロゴ

【エンタメよもやま話】

 さて、今週ご紹介する“エンターテインメント”は、久々となる「食」の話題でございます。

 世界最大の米国のコーヒーチェーン、スターバックスといえば、1971年に創業し、日本でも1996(平成8)年、東京・銀座に1号店を出店して以来、店舗網を拡大。昨年5月に鳥取店がオープンしたことで47都道府県すべてに出店を果たしました。翌6月時点の総出展数は1060店で1000の大台を超えています。

 そして日本進出を機に世界各国で出店網を拡大。現在、米国内の約1万2000店を含め、世界67カ国に約2万4000店の店舗網を築くまでになりました。

 そんなわけで、いまや先進国なら街なかだろうが空港の中だろうが、必ず見かけるスタバ。2011年に進出した中国では、2019年までに米に次ぐ3400店にものぼる店舗網をオープンさせる計画をぶち上げています。

 ところが、そんな先進国の中でスタバが1店舗もない国があるのです。イタリアです。なぜか。スタバはもともと、洗練されたカフェ文化を有する本場イタリアのエスプレッソやカフェ・ラッテを米で流行らせようと生まれたコーヒーチェーンですから、普通に考えて、本場に進出しても勝ち目はないわけです。平たく言えば、餃子の王将が中国に、そしてサイゼリアがイタリアに進出するようなものですね。

 ところが何と、そんなスタバが突如「来年からイタリアに進出しますよ」と発表し、欧米で「大丈夫かいな…」と物議を醸しているのです。というわけで今週は、このスタバの本場への殴り込み計画についてご紹介いたします。

 2月29日付英紙ガーディアンや3月1日付英紙インディペンデント(いずれも電子版)など、欧米の主要メディアが驚きをもって一斉に報じたのですが、イタリアのミラノで開かれていた今年の秋冬もののファッションの新作発表会「ミラノ・ファッション・ウイーク」(2月24日~3月1日)の会場で、スタバのハワード・シュルツ会長兼最高経営責任者(CEO、62歳)が2月28日、イタリアへの進出を華々しくぶちあげたのでした。

 シュルツ氏は「弊社の夢はいつも、いつの日か世界を完全に網羅する店舗網を築くことであり、(カフェ文化の本場)イタリアに進出することだった」などと説明し、来年の早い時期に、イタリアの1号店をここミラノにオープンさせると明言しました。

 今後の具体的な出店数などは明かしませんでしたが、現地の小売り大手ペルカッシと提携し、店舗網を拡大する考えを明かしました。

 ここでスタバの歴史をごく簡単に。米西海岸ワシントン州のシアトルで1971年3月30日に創業したスタバですが、当初は3人の若い起業家が立ち上げたコーヒー豆の焙煎・販売会社でした。ちなみに社名は、米文学を代表する長編小説「白鯨」(1851年)に登場するコーヒー好きの一等航海士「スターバック」からきているそうです。

 この会社に82年、シュルツ氏が店舗開発とマーケティング部門の役員として入社してきます。そしてシュルツ氏は翌83年、商談でミラノとヴェローナを訪れた際、現地のカフェ「バール(BAR)」で飲んだイタリアンロースト(深煎り)のエスプレッソに大変な衝撃を受けます。

 「浅煎りのアメリカンコーヒーしか飲んだことのない米国でこれを提供すれば絶対に大人気になる」と直感したシュルツ氏は、帰国後、社の幹部に自分が大感動したイタリアのエスプレッソ系飲料を提供するカフェの展開を提案しますが、却下されます。

 そこでシュルツ氏は84年にスタバを退社し、エスプレッソカフェの店「イル・ジョルナーレ」を開業。予想通り、このお店が当たったため、87年に3800万ドル(約43億円)でスタバを買収。96年の日本進出を機に海外進出をスタートさせ、以降、全世界に店舗網を急拡大。

 2000年にCEOを退くが、経営危機を打破するため08年に復帰。大リストラを断行し、11年最高益を記録し、ブランドを建て直し、現在に至っています。

 そんなスタバの原点となったイタリアのカフェ文化ですが、米経済誌フォーブス(電子版)は3月1日付で、スタバが本場のイタリア市場で受け入れられるには「6つの課題を克服せねばならない」との興味深い記事を掲載しています。

 それによると、イタリアのコーヒー市場は2014年時点で100億ドル(約1兆1300億円、小売り販売額)で世界一。世界の総供給量の4・6%を占めているといいます。そんなお国柄ですから、とにかく世界的にみてもコーヒーの味に超うるさく、シュルツ氏でなくても、現地のエスプレッソやエスプレッソ系飲料に衝撃を受けた方は日本にも多いはずです。

 そして、その“カフェ文化”は他国と大きく異なっており、いわゆる日本で言うところの喫茶店のようなコーヒーを楽しむ店舗(前述したようにイタリアではバールと呼ぶのですが)の89%はスタバのようなチェーン店ではなく、街のおしゃれなカフェに代表される個人経営の独立店なのです。

 イタリアでは多くの人に行きつけのバールがあり、そこに行けば、いちいち注文しなくても店主が顧客の好みを覚えてくれているといいます。実際、バールのカウンターに立ち、顧客のの注文を受けてエスプレッソなどを淹れる職業「バリスタ」の平均年齢は48歳。熟練の技と年期がモノを言うお仕事で、バイト感覚ではこなせません。

 そんなコーヒー好き&コーヒーの味にこだわり抜くイタリア人ですが、昨今の景気低迷の影響でしょうか。米農務省(USDA)の2011年の調査によると、自宅以外でコーヒーを楽しむ人は97年には全体の30・3%いましたが、2011年には23・4%に減っていました。つまり、約75%がバールではなく自宅でコーヒーを楽しんでいたのです。

 さらに、英調査会社ユーガヴ・ブランドインデックスの調査では、英米では知名度の高いスタバも、イタリアを含む他の欧州各国では知名度が非常に低いことが分かっています。

 そこでスタバでは前述したように、現地の人に良く知られた小売り大手ペルカッシと提携する作戦に出たわけですが、フォーブスは、もともとチェーン店を好まず、昨今はバールでコーヒーを楽しむことすら控え気味なイタリア国民が、わざわざ知名度の低いスタバを喜んで受け入れるとは思えないと指摘します。

 またイタリアでは、コーヒー豆といえば国内の人気ブランド「ラヴァッツァ」が36・9%と圧倒的な市場シェアを占めているほか、米マクドナルド以外の海外ブランドのお店でコーヒーを飲むことはないといいます。

 もうひとつ。忘れてはならない最大の問題があります。価格です。ミラノの人気のバール「パヴェ・ミラノ」では、1杯のカプチーノの価格が1・4ユーロ(約175円)。これは米のスタバの半額以下。おまけにイタリア人はスタバの「ベンティ」(約590ミリリットル)のような大容量を好みませんし、米などで人気の「パンプキン・スパイス・ラテ」や「ペパーミント・モカ」のようなフレーバー・コーヒーは子供向けで、イタリア市場では受け入れられないというUSDAの指摘を引用しています。

 また、3月4日付英紙ガーディアン(電子版)も「スタバの何とかフラペチーノといったイタリアっぽい商品名はイタリア人の反感を買うだろう」といったローマの老舗バール「サンテウスタキオ」のオーナー、ライモンド・リッチ氏の意見を紹介。

 さらに、スタバのミラノの1号店でのカプチーノの価格は現地のバールより少し高くなるだけだと報じる一方、「スタバの価格が奇異なのではなく、われわれの価格が安過ぎるのだ。これを機に適正な価格競争が起こってほしい」とのリッチ氏の見方や「イタリア人やイタリアのバールは、おいしさの追究のみに目を奪われ、ビジネス的視点に欠けている。そういった意味ではスタバの(ビジネスの)考え方は正しい」といったミラノにあるボッコーニ・スクール・オブ・マネジメントのカルロ・アルベルト・カーネベル・マッフェ教授の意見も紹介し、スタバの進出が、イタリアの伝統的なカフェ文化に何らかの影響を与えるだろうとの見方を示しました。

 世界的に知名度を高め、そろそろ本場でも受け入れられるだろうと進出を決めたようですが、なかなかに前途は多難のようです。

 だがしかし。本場イタリアに限らず、実はスタバの海外進出はこれまでから苦労の連続なのです。日本では進出直後から高く支持されたので、他国でもうまいことやっている印象が強いのですが、英国では利益が出るまでに17年もかかったほか、カプチーノやカフェ・ラッテよりミルクの量が少ない「フラットホワイト」や「ショートブラック」と呼ばれるエスプレッソがあるなど、これまたコーヒーの味にうるさいお国柄で知られるオーストラリアでも、2000年に進出したものの支持を得られず、結局、08年に全体の約7割の店舗を閉鎖した経緯があります。

 最近は、最大でティースプーン25杯分もの砂糖が入ったホット飲料まであることが分かり、世界を驚かせたスタバ。成功するにせよ失敗するにせよ、世界最大のコーヒー市場と洗練されたカフェ文化を有する本場イタリアへの進出は、スタバのビジネスにいろんな意味で原点回帰を促すことになるでしょう…。     (岡田敏一)

 【プロフィル】岡田敏一(おかだ・としかず) 1988年入社。社会部、経済部、京都総局、ロサンゼルス支局長、東京文化部などを経て現在、編集企画室SANKEI EXPRESS(サンケイエクスプレス)担当。ロック音楽とハリウッド映画の専門家。京都市在住。

 ◇

 ■毎週、日本を含む世界のエンタメの面白情報などをご紹介します。ご意見、ご要望、応援、苦情は toshikazu.okada@sankei.co.jp までどうぞ。